クルド愛国同盟

読み:クルドあいこくどうめい
外語:PUK: Patriotic Union of Kurdistan
品詞:団体組織名,@集団

1975(昭和50)年、元クルド民主党(KDP)のジャラル・タラバニが設立した組織。彼はクルド民主党(KDP)の議長スタファ・バルザニにイランに追われ、以降犬猿の仲となり、同組織を離脱してこの組織を独自に設立した。現在の勢力はおよそ1万人とされる。

設立以降、KDPとの内部抗争を続けた。イラク・イラン戦争では、KDPと共にイランに抱き込まれ、イラン革命防衛隊と共に対イラク合同軍事作戦を展開。1987(昭和62)年、KDPと和解し対イラク共同戦線を張る。湾岸戦争後はイラク北部に設置されたクルド人自治区の南側半分を管理。しかし、1994(平成6)年以降、トルコ国境貿易の利権などを巡ってKDPとの戦闘が激化。1996(平成8)年8月末、イラクはこの機に乗じ、KDP側からの要請を根拠としてクルド人自治区に侵入、KDPと共にPUKを攻撃。9月9日にはKDPはPUKの拠点であるスレイマニヤを陥落させたが、その後PUKは態勢を立て直し、10月13日、同拠点を奪回している。同月、米国の仲介により両勢力は停戦と政治的対話の継続に合意。その後1998(平成10)年9月17日にはワシントンで連立政権樹立と1999(平成11)年夏の自治区議会選挙の実施で合意したが、閣僚の配分などで対立、実現していない。

同じクルド人勢力であるトルコのクルド労働者党(PKK)とはKDPがPKKと仲が悪かったことから手を結んでいたが、KDPと和睦したため、現在では手を切っている。