ペルー共和国の左翼ゲリラ。MRTA(Movimiento Revolucionario Tupac Amaru)とも言う。その名称はスペイン支配に抵抗した18世紀のインカの英雄の名から採られた。
有名な国会議員の息子で元APRA(アメリカ革命人民同盟)学生部事務局長ビクトル・ポライ・カンポス(ゲリラ名 ロランド司令官)により創設され、以降は指導者として指揮した。
1989(平成元)年2月に指導者が逮捕されたのをはじめ(1990(平成2)年7月に46人の仲間と共に脱獄。1992(平成4)年6月再逮捕)、1992〜1994(平成4〜6)年に掛けての大量摘発で主要メンバーの殆どが逮捕されてしまい、勢力を急速に落とした。
1996(平成8)年12月17日にはネストル・セルパ・カルトリニ率いる14人の部隊が日本大使公邸を占拠。レセプションに来ていた各国要人600人を人質にとり立て籠もったが、1997(平成9)年4月22日、特殊部隊の突入により全員が射殺された。人質は最後まで残っていた72人(うち日本人24人)中、心臓発作で亡くなった1人以外全員が救出されたが、突入した特殊部隊員も2名が殉職している。
この攻撃が最後の悪足掻きだとも言われ、最盛期には2,000名を超えていた兵力も今では100名以下にまで落ち込んでおり、これ以降、大きなテロ活動は行なっていない。