モハマド・オマル

読み:モハマド・オマル
外語:Mohammad Omar
品詞:人名

イスラム原理主義勢力タリバンの最高指導者。

1959(昭和34)年頃、アフガン南部カンダハル近郊の貧農の家に生まれる。1980年代には侵攻してきたソ連軍との戦闘に参加。ソ連撤退後の1994(平成6)年、パキスタンでイスラム神学校(マドラッサ)教師をしていた時に仲間と共に「タリバン」を創設、同組織の最高指導者となる。この指導者選出の理由についてパキスタン人ジャーナリストであるアハメド・ラシッド氏は著書「タリバン」の中で、「政治的、軍事的能力ではなく、イスラム教への敬虔さで指導者に選ばれた」と書いている。

そのタリバンがアフガニスタンを実効支配していたため、事実上のアフガニスタンの元首であったが、殆ど表には出て来ず、容姿すらよく知られていない。1996(平成8)年に英BBCが撮影に成功したとする写真では、長身で痩せており、ターバンを巻いて、兵士に囲まれている人物がオマル師だとされている。このように表に殆ど出てこない理由は威厳を増すために意図的に人との距離を置いているからだと言われている一方で、海外勢力や強硬な側近に操られているだけとの評もある。

カンダハルの自宅で執務し、各地の司令官と連絡をとるため、傍らには常に無線機を置き、日本製のランドクルーザーで移動するという。

国内に匿っているウサマ・ビン・ラディンが頻発する対米テロの首謀者と見られ、アメリカから度重なる引渡要求が来ており、難しい舵取りを要求されていたがこれに応じず、2001(平成13)年10月より米英等によるアルカーイダ及びタリバンに対する軍事掃討作戦が実行され、12月にはタリバンはほぼ壊滅状態となった。

しかし、最高指導者であるオマル師をはじめとする幹部の行方は杳として知れない。