日本経済新聞で報じられた、昭和天皇の発言とされるメモ。派生して、それに関する問題のこと。
これはマスコミによる捏造であると見られており、いわゆるアサヒストリーの一つである。
メモは、古く変色した手帳に、真新しいメモ用紙を貼り付けたもので、非常に怪しいものである。
その上、あろうことか「やんごとなき方」の発言とされたため、報道後には様々な人がこれを検証することになった。
メモの文章は新聞、テレビ等でも写真が報道されており、それはネットに様々に流れているが、著作権の問題があるため、ここでは掲載できない。
従って、著作権法第三十二条に従い、写真から書き起こした文章をここに掲載する。改行なども原文にあわせてある。
4.28 ④
前にあったが どうしたのだろう
中曽根の靖国参拝もあったが
藤尾(文相)の発言。
= 奥野は藤尾と違うと思うが
バランス感覚のことと思う
単純な復古ではないとも。
私は 或る時に、A級が
合祀され その上 松岡、白取
までもが。
筑波は慎重に対処して
くれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考
えたのか 易々と
松平は平和に強い考が
あったと思うのに 親の心子知
らずと思っている
だから 私あれ以来参拝
していない。それが私の心だ
・関連質問 関係者もおり批判になるの意
右に2行小さく縦書きされたものは、次のとおり。
・余り関係も知らず
そうですが 多い
登場する人名の説明。
検証の結果、この発言は昭和天皇のものではない可能性が濃厚となってきた。大きく、次の二説ある。
しかし発言主が藤尾だとすると、「奥野は藤尾と違うと思うが」の下りで不自然になるので、この両者とは別の第三者と考えると自然であろう。このため、徳川説が有力視されているようだ。
この日経の報道は内容が内容だけに、事実でない可能性が極めて高く、このメモの出所などが各所より調査された。
週刊誌などで報じられている事実は、次のようになっている。
つまり、メモ自体は本物、つまり富田朝彦が書いたものである可能性が高い。しかし、これが天皇発言であるとするのは、現時点では相当に無理があると考えられる。
藤尾と対比されている奥野誠亮とはどういう人物か。
当時彼は国土庁長官で、やはり藤尾と同様タカ派と呼ばれた人物である。
など当たり前の発言したため、当時はこれが問題となって、やっぱり辞任させられてしまった。
そしてこの奥野という男は、自民党などの有志で作る「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の初代会長で、当然、靖国参拝の推進派である。
奥野と藤尾の対比が述べられている通り、同じタカ派と思われる二人であるが、靖国神社に対する考え方がかなり違う。
奥野は前述の通り推進派だが、一方で、藤尾は靖国参拝をしていない。のみならず、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」にも参加をしていない。
ここから、上に引用された発言は、藤尾と奥野の違いに触れ、なぜ藤尾が靖国参拝をしないのか、その理由を述べたものであるとする説がある。
また、「私は或る時」以降は徳川侍従長の発言ともされる。徳川は生前、
というメモ通りの発言をしており、長男の徳川義眞(よしさね)氏も、
新聞でメモを見た時は父の言っていたのと同じだなあ、と思いました。
と語っており、メモと矛盾しないからである。また、侍従長と宮内庁長官の間であれば、こういった会話があっても何ら不思議ではないからである。