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崇神天皇

読み:すじんてんのう
品詞:名,@神仏
2005/10/20 作成
2006/06/11 更新

第十代天皇陛下。御名は御間城入彦五十瓊殖尊(ミマキイリヒコイニヱノミコト、日本書紀)。

生没は紀元前148年〜紀元前30年(在位は紀元前97年〜紀元前30年)。

  • 父: 開化天皇
  • 母: 伊香色謎命(イカガシコメ、古事記では伊迦賀色許売)

御略歴

  • 生没BC148-BC30
  • BC130-BC97 皇太子
  • BC97-BC30 崇神天皇

崇神は、神武‐崇神‐応神という、歴代天皇の中で神の字を持つ僅か三柱の天皇の一柱である。日本書紀には甲申の年 正月十三日に即位したとされ、また短命であったと記されている。

日本書紀の1年を太陽暦の1年とすると紀元前の現人神となるが、近年の研究では日本書紀の1年は太陽暦の1年と異なる(春と秋に年を数えるという説)があり、研究家の間では西暦340年前後に実在した人物である、と考えられているようだ。

皇后

皇后は御間城姫(ミマキヒメ、古事記では御真津比売)で、他に二柱の妃がいる。皇后は二月辛亥朔丙寅の日に皇后になったとされる。以下、名は日本書紀を主、古事記を従とする。

  • 妃:遠津年魚眼眼妙媛 (トオツアユメメクワシヒメ、古事記では遠津年魚目目微比売)
  • 妃:尾張大海媛 (オワリノオオアマヒメ、古事記では意富阿麻比売)

皇子

皇子は日本書紀で11柱、古事記で12柱である。

  • 皇后:御間城姫
    • 活目入彦五十狭茅尊 (イクメイリビコイサチノミコト、古事記では伊玖米入日子伊沙知命、垂仁天皇)
    • 彦五十狭茅命 (ヒトイサチノミコト、古事記では伊邪能真若命(イザノマワカノミコト))
    • 国方姫命 (クニカタヒメノミコト、古事記では国片比売命)
    • 千千衝倭姫命 (チチツクヤマトヒメノミコト、古事記では千千都久和比売命)
    • 伊賀比売命 (イガヒメノミコト、古事記)
    • 倭彦命 (ヤマトヒコノミコト、古事記では倭日子命)
    • 五十日鶴彦命 (イカツルヒコノミコト、日本書紀)
  • 妃:遠津年魚眼眼妙媛
    • 豊城入彦命 (トヨキイリビコノミコト、古事記では豊木入日子命)
    • 豊鍬入姫命 (トヨスキイリビメノミコト、古事記では豊入日売命)
  • 妃:尾張大海媛
    • 大入杵命 (オオイリキノミコト、古事記)
    • 八坂入彦命 (ヤサカイリビコノミコト、古事記では八坂入日子命)
    • 渟名城入姫命 (ヌナキイリビメノミコト、古事記では沼名木入日売命)
    • 十市瓊入姫命 (トオチニイリビメノミコト、古事記では十市入日売命)

記では伊賀比売命が書かれ、五十日鶴彦命は書かれていない。

対し紀では伊賀比売命は記述がない。

また、大入杵命も古事記のみに記述がある。

9 開化天皇 ‐ 10 崇神天皇 ‐ 11 垂仁天皇