徳仁親王

読み:なるひと・しんのう
外語:Naruhito
品詞:名,@神仏

第百二十五代明仁天皇陛下・美智子皇后陛下の第一子であり第一皇男子(長男)。

これを著している現代の皇太子殿下である。

1960(昭和35)年2月23日16:15(@343)(魚座)、明仁天皇の第一皇男子として宮内庁病院で誕生された。

  • お印: 梓(あずさ)
  • 幼少時の称号: 浩宮(ひろのみや)

出生時の御体重は2,540gとされる。

御略歴

  • 1960(昭和35)年2月23日16:15(@343): 御誕生
  • 1989(昭和64)年1月7日: 皇太子となる
  • 1993(平成5)年6月9日: 結婚の儀

后は徳仁親王妃雅子(まさこ)。結婚される前は民間人で、父・小和田恆(外交官)の長女であった。

結婚の儀の日1993(平成5)年6月9日は、去る同年4月30日に制定された法律「皇太子徳仁親王の結婚の儀の行われる日を休日とする法律」(平成5年法律第32号)により休日となった。

子は一柱おられる。

  1. 敬宮愛子内親王(あいこ) (2001(平成13)年12月1日御誕生)

ナルちゃん憲法

母の美智子皇后陛下は、元民間人であった。これだけでも前例の無いことだったが、それまでの皇室での伝統や習慣のいくつかを、徳仁親王の誕生より「正田家の教育方針」に改めている。

この教育方針を記したメモを、徳仁親王の名から「ナルちゃん憲法」という。極めて画期的な出来事だった。

従来、皇族は皇居宮殿にて子を産むのが一般的だったが、皇后は宮内庁病院で民間人と同様に出産された。また乳人と呼ばれる制度を廃止し、自ら授乳や育児に当たっている。

ナルちゃん憲法の内容については、各社より何冊か、育児教書として出版され説明されている。

柏原芳恵

皇太子殿下は歌手・柏原芳恵(かしわばら・よしえ)の大ファンだった。

イギリス留学中は部屋に柏原芳恵のポスターが貼られていたとされ、日本に戻ってからはコンサートにも出かけて話題となった。

この時殿下は、柏原芳恵に薔薇の花を一輪贈ったが、この薔薇は東宮御所に咲いていた、エリザベス女王が紀宮清子内親王殿下(現、黒田清子様)に贈った特別品種の薔薇だった。芳恵はお礼にサイン入り写真集(もちろん水着あり)を贈ったとされる。

皇太子殿下をも虜にした柏原芳恵。今でも殿下がファンであるかは不明である。