日本国の通貨。国内では通常「円」という。ISO 4217の通貨コードはJPY。
世界の主要3通貨の一つである。
ハードカレンシーである。
硬貨については現在、「独立行政法人 造幣局」が鋳造している。
紙幣については現在、本物は「独立行政法人 国立印刷局」で印刷され、偽物は北朝鮮などで印刷されている。
日本円はかつて、固定相場制だった。
円とドルは、1871(明治4)年に1ドル=1円という相場から始まった。幾多の変遷を経て、現在の相場制はGHQにより設定されたものに由来する。
GHQにより、為替レート1ドル=360円の固定相場が設定された。
なぜ1ドル=360円だったのか、このレートが本当に妥当なものだったのかは、定かではない。
一説によると、円は360度なのでこうなった、などと嘘か本当か分からないような事も言われている。
当時は、1ドル=300円程度が想定されていたとも言われるが、戦後激貧国となった日本の円は、この程度の価値しか無かったということである。
1971(昭和46)年、ベトナム戦争でアメリカはまさかの敗戦を喫し、建国以来初の敗戦国となった。
当時は「金本位制度」が採用されていたが、経済は疲弊し、もってアメリカは金とドルの交換を停止した。これは「ニクソン・ショック」と呼ばれている。
これによりブレトン・ウッズ体制は崩壊し、スミソニアン体制へと移行した。
スミソニアン体制では、ドルは約7%切り下げられ、他の通貨との交換レートも見直された。この時、1ドル308円と、約16.9%切り上げられた新レートが作られた。
しかし、この体制はわずか2年で崩壊したのである。
1973(昭和48)年に発生したオイルショック以降、主要国通貨は全て、需要と供給のバランスで決まる変動相場制へ移行することとなった。
以降、ドル・円相場はどんどん高騰し、1973(昭和48)年には260円程度にまでなった。
1985(昭和60)年にはドル高対策としてプラザ合意が行なわれ、円高に拍車を掛けた。プラザ合意の前日の東京市場は1ドル=242円であったのに、数年後、1988(昭和63)年には128円程度にまで円高が進行した。
あまりにも円高が進んだため輸出の競争力が落ちたため、公定歩合引き下げなどの政策を実施、その後はバブル景気に沸いた。
バブル崩壊によって一時は円安となる。徐々に値を戻すが、2001(平成13)年〜2002(平成14)年の景気後退で再び円安が進んだ。経済低迷期を脱した2003(平成15)年以降は、徐々に対ドルで円高が進んでいる。
対ドルでは円高でも、対ユーロでは円安が進んでいたため、実はドル一人負け、円もやや負け、ユーロ一人勝ちなどとも言われていた。しかし2008(平成20)年になると、アメリカの金融危機が欧州に飛び火し遂にユーロも値下がりが始まり、対ユーロで円高の傾向が出てきた。