日本国憲法第9条は、日本国憲法第2章にある条文で、戦争の放棄、軍隊不保持、交戦権の否認を規定した条文である。
日本国憲法の第2章は第9条のみであるが、GHQによりもたらされたこの憲法の条文が、その後の日本国に大きな影を落とすことになった。
条文は次の通り。
第二章 戦争の放棄
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
そもそも日本国憲法はGHQが作った英文がオリジナルであり、日本語文のそれは翻訳である。
原文では、次のようになっている。
CHAPTER Ⅱ. RENUNCIATION OF WAR
Article 9.
1. Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes.
2. In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.
国際平和を希求するのは、とても良いことである。しかし、日本国のみが第9条で戦争を放棄しても、戦争が日本を放棄してはくれないという悲しい現実がある。
21世紀に入ってもなお暴力が地球を支配しており、ビルに飛行機が突っ込むテロル、戦争、紛争も絶えることがない。
平和平和と唱えていれば世界は平和になるなどということは、残念ながらあり得ないのである。
第9条は、敗戦国日本に対するペナルティであると考えられる。
この条文には、非常に不可思議な点が一つある。それは、戦争を放棄するのが「日本国」ではなく「日本国民」であることである。英語の原文でも「the Japanese people」とされており、誤訳ではない。
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
なぜ「日本国」ではなく「日本国民」なのか。政府ではなく国民が責任を負わねばならない、というのは尋常ではない。この理由はもはや謎だが、この条文を書いたのは日本を占領したGHQのアメリカ人である。つまり、GHQから日本国民へのメッセージが込められていると考えられる。
大東亜戦争では、事後法による不法裁判の結果を受け入れ、敗戦責任は事後法で作った戦犯に負わせることで決着させた。しかしもし次回があれば、そのときは政府でも天皇陛下でもでっち上げの戦犯でもなく、国民全員が戦争責任を負うのだ、と解釈することが可能である。
つまり、再び日本が戦争をするなら、連合国は日本人全員を「平和に対する罪」で裁くだろう、という意味に取れる。しかし国民全員を絞首刑などにすることは不可能なので、その時には日本を再び核攻撃する、と解釈できる。
国民の権利義務などよりも先んじてこの条文が存在する理由は、何よりもこの条文の立場はそれ以上に重い、という考えによるものだと思われる。これはこの憲法の趣旨そのものとも言える。
年間で百数十件にも及ぶ領空侵犯に対処し、支那や北鮮からのミサイルの脅威に対応するための情報収集を常に行なっている。
また24時間体制で領海の監視を行なっており、実際に海上警備行動も発令され、支那の潜水艦を追った。
このように、戦後日本の平和を守ってきたのは自衛隊なのである。決して、何もしないで平和を享受できている訳ではない。