55年体制

読み:ごじゅうごねんたいせい
品詞:名詞

1955(昭和30)年に成立した、保革二大政党制のこと。

1951(昭和26)年、当時の日本社会党は、二つに割れていた。具体的には、社会主義国を除いた諸国と条約を結ぶ単独講和論を支持する右派(保守派)と、全ての交戦国と条約を結ぶ全面講和論を支持する左派(革新派)に分裂していた。

しかし1955(昭和30)年になると、憲法改正の議題が国会にあがる。護憲派の日本社会党は危機感を強め、両派は再び統合した。

また同じ年、保守派の自由党と日本民主党も合同し、自由民主党を結成した。

かくして、ここに保革二大政党制が完成した。これを「55年体制」という。

この体制下で、日本社会党が政権を取ることは無かった。

この体制は1993(平成5)年に、日本新党の細川護熙が政権を取り第79代内閣総理大臣になるまで続いた。