北海道の東部にある根室半島沖から、ロシアのカムチャツカ半島沖まで連なる、大小30余りからなる島々のこと。
1855年2月7日(安政元年12月21日)、日魯通好条約締結により、択捉島と得撫島(うるっぷとう)の間に国境線が引かれた。これにより北方四島は日本領、得撫島以北の千島列島はロシア領であることが確認された。
そして1875(明治8)年、明治政府は樺太千島交換条約を締結、樺太を放棄する代わりに千島列島を譲り受けた。この時に本島と樺太島の間に国境線が引かれ、また千島列島も日本領となったが、条約に明記された18の島名には元々日本領だった北方四島は含まれていない。
1951(昭和26)年のサンフランシスコ講和条約によって千島列島の権利を放棄させられた。但しこの条約上、最終的な帰属は後の国際的な解決によることになっていて、現日本政府は千島列島の領有国は存在しないという立場に立っている。
現実には旧ソ連(現ロシア共和国)によって不法占拠されているが、将来的には全島日本国への返還をすべきと考えるのが公平な判断であろう。