京都市内で南北に伸びる道路の一つ。平安京の堀川小路に相当する。
北は加茂川沿いの鴨川堤、南は八条通と交差する八条油小路交差点で油小路通に直結される。
平安京の時代には堀川(幅4丈/約12m)を挟んで東西に幅2丈の堀川小路が通され、それぞれが東/西堀川通と称された。1895(明治28)年から1972(昭和47)年までは東堀川通に京都電気鉄道が走った。
大東亜戦争末期、西堀川通は空襲による火災の延焼を防ぐ目的で、建物密集地帯の建物を取り壊して防火帯とする「建物疎開」が実施され、戦後にはその跡を都市計画で拡幅し延長し、現在の堀川通とした。