北海道、本州、四国、九州という大きな4島と、多数の中小の島々からなる国で、現存する国の中では最も長い歴史を持つ国である。
その国土の2/3は森林で、その森林は半分が天然林、もう半分が人工林である。
この国には現在、有効と考えられる憲法がなく、国体についても未定義が多く不明な点が多い。
日本の時代は、次のように分類される。
日本という国号ができたのは7世紀頃で、最も確実に明文化されたのは飛鳥時代の701(大宝元)年に制定された大宝律令からである。
720(養老4)年に編纂された日本書紀には日本の名があるが、こういった資料をひもとくと、少なくとも674(天武天皇3)年はまだ「倭」という国号であったことが分かっている。従って、国号の変更は674〜701年の間に行なわれた。
大宝律令よりも前に日本の名が成立した可能性として最も有力なのは、飛鳥浄御原令(あすかきよみはらりょう)が成立した689(持統天皇3)年6月29日だった可能性が最も高いとされる。
日本という名のうち、日は太陽、本は下という意味である。この名は、日神つまり天照大神の恩恵を最も得られる国であるという自覚による。
この名は、天照大神への崇敬の念から産まれた名であった。
隣国の支那へは、702(大宝2)年に
彼は浄御原令の編纂にも関わっており、日本という国号は彼が発案した可能性もある。
日本の首都は事実上東京である。慣例により、また、皇居や憲法上の最高機関(国会/内閣/最高裁判所)があることから東京が現在の日本の首都であることは揺るぎないことである。疑う者も無ければ、本気でこれを否定する者も恐らくは皆無であろう。
しかし実は、法律上の日本の首都は京都なのである。これは794(延暦13)年、平安京を都とする、という桓武天皇の詔勅があるためで、この詔勅が現在も有効かどうかは疑問ながら、未だこれを変更する明文化された詔勅も法律もない。
日本は規制の多さや過度の平等主義で、世界で最も成功した社会主義国と呼ばれたが、これは日本でなければ成功しなかったとも言われる。
金銭的に無欲、勤勉、研究熱心、という日本人の国民性があればこその成功だったわけだが、その長所も最近は失われかけている。
服装はカジュアルな洋服が主である。民族衣装として、大和民族は和服を着る。
チップの習慣はない。
治安は比較的安定しているが、外人の多い都会は治安が悪い。
特に、支那人、在日朝鮮人が多い地域ほど治安が悪いという現状があり、「外人を見たら泥棒と思え」というのが既に鉄則となっている。
田舎では、隠し事不可能な地域性もあってか、治安は良好である。