1974(昭和49)年にKGB第7局によって創設された、ロシアでもっとも有名な対テロ部隊。現在の隊員数は約700名。
設立時の第7局長アレクセイ・ ベシチャストノフは米軍のデルタフォースに倣ってそれと同類の、対テロ・人質救出任務をこなす部隊としてアルファ・グループを作った。KGB解体後は大統領の直轄下に置かれている。
同じくKGB内に創設されたベータ・グループが国外での対テロ任務に従事するのに対し、アルファは国内の対テロ、対組織犯罪用の組織である。
アルファ・グループの最初の任地は国内ではなく、アフガニスタンであった。ここで、ヴィンペル・グループやスペツナズと共にゼニート(天頂)という特秘名の部隊を構成。1979(昭和54)年、一般戦闘部隊と共にアフガンに侵攻したゼニートはダウド大統領一家を殺害し、ダルラマン宮殿の確保という任務をこなした。
1989(平成元)年のアエロフロートの国内便ハイジャック事件では機内に突入して見事に犯人を逮捕、人質を無事に救出している。
1991(平成3)年に起ったクーデター時にはホワイト・ハウス襲撃とエリツィン逮捕を拒否している。ソ連が崩潰し、KGBも消滅すると、大統領の直轄下に移され、新しい保安省の警護総局(GUO)下の大統領警護部隊となった。その後更に連邦保安局(FSB)に移管されている。
1996(平成8)年12月にモスクワのスウェーデン大使館がテロリストに占拠された時、アルファの中佐は大使との人質交換に応じ、大使を無事に救出。しかし、彼はその後の突入の巻き添えとなり、殉職してしまった。この彼の死を悼み、彼の葬儀には多数の一般国民が駆けつけ、国家からもロシア連邦英雄とされた。
2002(平成14)年10月のモスクワ劇場占拠事件ではヴィンペル・グループと共同の約200人からなる部隊が強行突入しているが、この際には先行して散布したフェンタニールを主成分とする、麻酔剤によって117人もの人質の命が奪われるという惨劇が起きているが(銃弾によって死亡したのは2名)、これは化学部隊の責によるものであって彼らのせいではない。
現在、「アルファ」という部隊は、このKGBを源流として現在FSBに所属するもの以外にも内務省や国境警備隊、警察にも存在するため、「アルファ」と聞いてもどこのアルファか確認する必要がある。