アルフレート・フォン・ティルピッツ

読み:アルフレート・フォン・ティルピッツ
外語:Alfred von Tirpitz ドイツ語
品詞:人名,+軍人

1840(天保11)年〜1930(昭和5)年。ドイツ海軍大臣。最終階級 海軍元帥。ドイツ海軍の父。

1865(慶応元)年、プロイセン海軍入隊。1897(明治30)年、少将でドイツ東洋艦隊司令官だった時に皇帝ヴィルヘルムII世によって海軍大臣に抜擢される。以降、ヴィルヘルムII世の求める、強い海軍実現のために奔走する。1900(明治33)年、イギリスとの対立姿勢があらわな艦隊法を議会に提出、可決される。しかし、第一次世界大戦が勃発した際でもイギリス海軍はドイツ海軍よりも強力で、彼はフリート・イン・ビーイングの考えの元に艦隊保全策を取る。その一方で、潜水艦による無制限通称破壊戦を主張。1916(大正5)年3月、無制限通称破壊戦再開は聞き入れられず、辞任。

その後は政界に進出し、1917(大正6)年、戦争遂行を主張し、リュトウィッツ・W・カップらと祖国党を結成。大戦後の1924(大正13)年〜1926(昭和元)年には国民党に属し、国会議員となっている。

彼がドイツ海軍に残した功績は大きく、後にビスマルク級戦艦2番艦の名前に採られている。