オットー・ヘルジング

読み:オットー・ヘルジング
外語:Otto Hersing ドイツ語
品詞:人名,+軍人

最終階級 少佐。史上最初の潜水艦による雷撃、撃沈を成し遂げた艦長。

第一次世界大戦開戦初頭、U24を操ってノルウェー沿岸を経て、スコットランド東岸の二大入り江であるフォース湾とモレー湾を偵察し、1,600海里(2560km)にわたる作戦行動をこなし、レコード記録を作った。

次いでU21の艦長に転じ、9月5日にはイギリス軽巡「パスファインダー」を雷撃、撃沈したが、これは潜水艦による軍艦の史上最初の撃沈であった。

1915(大正4)年3月、連合軍によるガリポリ半島上陸作戦による攻撃を受けていたトルコからのUボート派遣要請に応じたドイツ海軍は三隻のUボートの派遣を決め、その中に彼のU21も含まれていた。残りの二隻は小型艦であったので、列車で分解輸送されたが、一方のU21は命令を受けたときアイルランド沖であり、長路、途中の獲物に目もくれず5月24日に現地に到着した。最初の数日はチャンスが巡ってこなかったが、やがてイギリス戦艦「トライアンフ」にわずか300mまで肉薄することに成功。水雷防御網を切断するため、網切器を頭に取り付けた魚雷を発射、「トライアンフ」はまもなく沈没した。続いて27日には戦艦「マジェスティック」も同じ運命を辿らせた。

ドイツ敗戦後の1919(大正8)年2月22日、イギリスのハリッジに回航中、原因不明の浸水によりU21は沈没したが、後日その理由を問いただされた彼は、ただ微笑してかぶりを振るばかりであった。

翌年2月8日には装甲巡洋艦「アミラル・シャルネ」を撃沈、通算で4隻34,440tの軍艦の撃沈はウエッジゲンに次ぐ記録である。