カール・フリートリヒ・メルテン

読み:カール・フリートリヒ・メルテン
外語:Karl Friedrich Merten ドイツ語
品詞:人名,+軍人

1905(明治38)年〜?。最終階級 大佐。最終授与勲章 柏葉騎士鉄十字章

1905(明治38)年8月15日、西プロイセンのポーゼン生まれ。1926(昭和元)年にドイツ海軍に入隊。海軍士官学校卒業後、軽巡洋艦「ケーニヒスベルク」に乗艦。その後、水雷艇T157、護衛艦F7で勤務し、一時的には練習艦「シュレスリッヒ・ホルシュタイン」の訓練教官も勤めている。1940(昭和15)年10月5日からハインリヒ・リーベの指揮するU38に乗艦し、翌1941(昭和16)年2月11日にはU68の艦長に就任する。ジブラルタル海峡、北大西洋、南西アフリカ、およびカリブ海における5回の作戦航海において通算29隻、186,064トンを撃沈し、その功に対して1942年6月13日に騎士鉄十字章、11月16日に柏葉騎士鉄十字章が授与されている。

1943(昭和18)年3月16日より東プロイセンのピラウの第26Uボート戦隊、4月12日より同じく東プロイセンのメーメルの第24Uボート戦隊の司令官を勤め、1944(昭和19)年5月10日より中部Uボート艦隊で勤務するが、6月26日から翌1945(昭和20)年3月6日まで再び第24Uボート戦隊の司令官となり、1945(昭和20)年3月15日から終戦の時まで海軍西部管区司令部に勤務している。

終戦後は1945(昭和20)年5月10日から6月26日まで行なわれた連合軍の捕虜査問の後、戦争責任を追及され、1949(昭和24)年3月20日まで捕虜収容所に拘留される。その後は引退してスイス国境に近いヴァルツフートで静かに余生を過した。