レオーネ級の1隻。
第二次世界大戦開戦時には同型艦の「レオーネ」「パンテラ」と共に第5駆逐隊を編成して紅海に配備されていた。最初の任務は防御機雷堰の敷設であったが、1940(昭和15)年6月から1941(昭和16)年3月にかけて紅海を航行する英輸送船団に対し攻撃を加える。しかし、なんらの戦果も挙げれないまま3月31日、「レオーネ」が海図未載の暗礁に触れてしまい、翌4月1日、同型艦である「パンテラ」「ティグレ」の手によって処分し、マッサワへ帰投した。両艦は更に翌4月2日、第3駆逐隊の「ナザリオ・サウロ」「ダニエレ・マニン」と共にポート・スーダンを攻撃すべく出撃したが、同地から飛び立った空母「イーグル」所属のソードフィッシュ攻撃機の攻撃の前に「ナザリオ・サウロ」「ダニエレ・マニン」は沈没。辛くも逃げ延びた「ティグレ」であったが、本国から途絶された地では撤退することも出来ず、迫り来る英軍のを前にして、「パンテラ」とやはり第3駆逐隊の生き残り「チェザーレ・バティスティ」と共に結局3日から4日にかけての夜半にアビシニア海岸の沖合いで自沈した。
コラム(年譜) 建造所 アンサルド 1922(大正11)年1月23日 起工 1924(大正13)年8月7日 進水 1924(大正13)年10月10日 就役 1941(昭和16)年4月4日 自沈