ドロップ・タンク

読み:ドロップ・タンク
品詞:名詞

投下式の外部燃料タンク。

これを取り付けることで航続距離が飛躍的に延びる。支那事変の頃から日本海軍が使用し始めたのを初め、第二次世界大戦中期までには各国で使われるようになった。

取りつけた状態だと機動性能が極めて悪くなるので、任務の行きでドロップ・タンク分を使い、戦闘時と帰りに内部燃料タンク分を使う。

しかし、奇襲を受けた場合など、頭が錯綜してドロップ・タンクを投下することまで頭が回らず、それが原因で撃墜されてしまったということはエースでも多い。

日本海軍はこのドロップタンクによって、ただでさえ驚異的な航続距離を持つ零戦(零式艦上戦闘機)の航続距離を伸ばすことが出来るようになり、中国奥地への爆撃隊のエスコート、第二次世界大戦開始直後の台湾からフィリピンへの爆撃行の随伴が可能となった。ガタルカナル島にアメリカ軍が上陸すると、同島上空で激しい航空戦が展開されたが、日本軍の基地があるラバウルからガタルカナル島まではその驚異的な航続距離のドロップタンク装備状態の零戦でもギリギリの距離であった。逆に言えばギリギリとは言え、行動可能圏内にあったため、零戦も連日出動を余儀なくされることとなるのである。この連日往復何時間にもわたるラバウル〜ガタルカナルの往復と戦闘は代わりの操縦士はおろか屈伸運動もままならない単座の戦闘機パイロットに多大な負担をもたらし、日本海軍の誇る歴戦のエースが日々戦死していく原因ともなっている。

ドイツ空軍はバトル・オブ・ブリテンの中期頃からMe109へのドロップ・タンクの取付が可能となった。これによって、ギリギリであったロンドンまでの航続距離にゆとりがで、航空戦を有利に進めれるようになるはずであったが、攻撃一辺倒な軍首脳はドロップ・タンクではなく爆弾を取り付けて戦闘爆撃機とすることにした。そうすることで一回の爆撃行で投下できる爆弾の量を増やせるばかりでなく、爆弾を投下した後の戦闘爆撃機は通常の戦闘機となり、敵のスピットファイアーやハリケーンといった戦闘機とも互角に戦えるわけで、被害を減少できると考えた。まるで一石二鳥かのようであるが、これはあくまでも戦闘機は戦闘機ということを無視したものである。戦闘機にはドロップタンクを付け、爆撃機へのエスコートを完全にした方が結局は被害を減らせるのである。こうした誤った政策を取ったドイツ空軍の行く末は見えており、バトル・オブ・ブリテンもドイツ空軍の事実上の敗北で幕を閉じた。

このように第二次世界大戦ではドロップタンクが航空戦、ひいては戦争の行く末にも大きく影響を及ぼしたが、第二次世界大戦後はドロップタンク装備は普通のこととなり、また空中給油機の登場により、大局に影響を及ぼすことは無くなった。