1914(大正3)年〜1942(昭和17)年。最終階級 少佐。最終授与勲章 騎士鉄十字章。"Wutz(ヴッツ)" というあだ名を持つ。アドルフ・ガーランドの弟。
出撃回数186回。最終撃墜機数55機、うちスピットファイア 37機、四発重爆8機。
1914(大正3)年10月23日生まれ。最初空軍高射砲に属していたが、1940(昭和15)年末に戦闘機兵科に転属し、1941(昭和16)年6月27日、兄の率いる第26戦闘航空団第2飛行隊に配属される。その一ヶ月後の7月23日には初撃墜を記録し、翌年5月5日、8機撃墜となったところで第26戦闘航空団第5飛行中隊長となる。12月に20機を撃墜し、明けた1943(昭和18)年1月3日に大尉に昇進するとともに第26戦闘航空団第二飛行隊長に昇進する。このあたりの実績に対しての急速な昇進は兄の七光りと言う気もしないではないが、5月18日に通算41機撃墜の功に対して騎士鉄十字章が授与され、夏に50機を突破すると階級にふさわしい実力を持ち、第26戦闘航空団の中でも有数のエースになっていた。しかしそんな矢先の8月17日、来襲した米軍重爆撃機を迎撃した際に護衛のP-47と交戦し、被撃墜。愛機のFw190A-6もろともベルギーのマーストリヒト付近に墜落、戦死し、戦死後少佐への進級が通知された。