戦前の日本の航空機メーカー。
創始者である川西清兵衛は元来、中島航空機に出資していたが、社長の中島知久平とケンカ別れした。その翌年である1920(大正9)年2月に設立した川西機械製作所飛行機部が川西航空機の前身となった。1928(昭和3)年11月に川西航空機株式会社として独立した。
海軍機の専門メーカーで特に九七式飛行艇や二式飛行艇などの大型飛行艇ではずば抜けていたが、水戦「強風」から発展させた局戦「紫電」や「紫電改」なども送り出している。
終戦によって他の航空機メーカーと同様、航空機の製造を禁じられるが、1949(昭和24)年11月に新明和興業株式会社(1960年(昭和35年)11月、新明和工業株式会社に社名変更)として復活。US-1という優れた飛行艇を開発し、飛行艇メーカーとしての伝統を守っている。