江戸幕府造船所跡地に、農商務大臣だった榎本武揚らが近代的な造船所の設立を主唱して1897(明治30)年に設立されたのがはじまり。運営会社は浦賀船渠(株)であったが、浦賀重工業(株)と名称を変えた後の昭和44年に住友機械工業(株)と合併して、住友重機械工業(株)となり現在に至っている。
ここで建造された主な船舶には、軍艦では軽巡洋艦「阿武隈」、護衛艦「せとぎり」「せんだい」「とね」「はつゆき」「ゆうだち」、試験艦「あすか」、訓練支援艦「てんりゅう」などがあり、海上保安庁所属の船舶では巡視船「さつま」「せっつ」、測量船「天洋」どがあり、それ以外では青函連絡船「摩周丸」「津軽丸」、練習帆船「日本丸」「海王丸」「あこがれ」、練習船「青雲丸」などがあり、累計1,000隻以上の船舶を建造している。またその昔、アメリカに出航前の「臨海丸」の修理を行なった事でも有名。
地理的に外界の太平洋に近い割に海が静かなため、船の修理に適しているほか、安全保障上の位置付けも高い。しかし、住友重機械工業の艦艇の製造部門が石川島播磨重工業と統合されるのに絡んで、2003(平成15)年に閉鎖される事になっている。
コラム ┌──┬─────┬─────┬─────┐ │ │ 1号ドック│ 2号ドック│ 船 台 │ ├──┼─────┼─────┼─────┤ │長さ│ 178m │ 145m │ 200m │ ├──┼─────┼─────┼─────┤ │ 幅 │ 21m │ 18m │ 27.8m │ ├──┼─────┼─────┼─────┤ │深さ│ 10.7m │ 11m │ - │ └──┴─────┴─────┴─────┘