軍艦旗

読み:ぐんかんき
外語:naval ensign
品詞:名詞

軍艦であることを標示し、また国籍を示すため、軍艦に掲げる旗章。逆に言うと軍艦であっても軍艦旗を掲げていないとそうとは認められない。

その目的故、航海中は24時間常に、停泊中であっても午前8時から日没まで艦尾の旗竿に掲揚する。掲揚および降下には当直将校の指揮下に行なわれる。軍艦に搭載している内火艇やカッターも軍艦の一部であるので、必要な際には軍艦旗を掲揚する。戦闘の開始時には艦尾の軍艦旗を降下して、艦尾旗竿は折り畳み、マストに軍艦旗を掲揚する。この時の軍艦旗を戦闘旗と言う。なお、これらは国際慣習法によるものである。

どこの海軍でも軍艦旗としてオリジナルな旗を持っているのかというとそういうわけでもなく、イギリス海軍ではホワイト・エンスン(エンサイン)を使用しているが、アメリカ海軍では国旗である星条旗を使用している。

日本海軍の場合、江戸末期から日本船舶の旗章として用いていた日の丸を軍艦旗に用いていたが、1870年2月27日(明治3年1月27日)に太政官布告により、その日の丸が国旗となったため(したがって、国旗を軍艦旗に採用したというのは誤りである)、1889(明治22)年(1890(明治23)年?)年10月7日に旭日旗に換わった。その後、終戦までそれは変わらず、海上自衛隊でも自衛艦旗として同じものを使用している。

ドイツ帝国海軍においては、その軍艦旗はドイツ帝国の国旗である黒白赤の横三色旗であったが、これも日本における日の丸と同様、国旗として制定される(1892(明治25)年)前に軍艦旗となった(ドイツ帝国憲法第55条。1871(明治4)年)。第一次世界大戦後にワイマール共和国となると憲法の第3条により国旗は黒赤金の横三色旗となり、軍艦旗もそれに倣ったが、通商旗は旧国旗である黒白赤の横三色旗のカントンに新国旗である黒赤金の横三色旗を取り付けたものとなった(ドイツ帝国時代は通商旗も国旗であった)。ナチスが政権をとると、ドイツではハーケンクロイツが幅を利かせていくが、海軍はナチスの影響が最も小さかったので、軍艦旗がハーケンクロイツになるのも大分遅かった。戦後海軍が復活すると、再び軍艦旗は国旗(ボン基本法第22条 1949(昭和24)年5月)である黒赤金の横三色旗となった。

通常時は艦尾の旗竿に掲げられるが、戦闘中はマストの上に掲げら、戦闘旗となる。