第二次世界大戦時において、元イタリア駆逐艦「フランチェスコ・クリスピ」をイタリア降伏時にドイツが接収し、修理の上、自国籍に編入したときに付けた艦名。
ドイツ籍として再就役直後から1944(昭和19)年2月までは前部主砲は無い状態であった。またイタリア籍だったときに比べて20mm四連装機銃が最低1基は追加され、戦没時には40mm機銃も搭載していたようである。
再就役後、第9水雷群の1艇としてエーゲ海で任務に就き、レロス島及びドデカニーズ諸島作戦参加後エーゲ海での護衛任務に就いていたが、1944(昭和19)年3月8日、ヘラクリオン沖で航空攻撃を受けロケット弾3発が命中し沈没、乗員34名が艦と運命を共にした(10月にクレタ島のカンディアで爆撃を受けて沈没したとの説もある)。この時TA15はイタリア籍だった頃と同じく主機の故障に悩まされており、左舷機のみしか使えず15ノット程度しか出ない有り様であったが、そのような艇ですら借り出さなければならないほど当時のドイツの護衛艦艇の需要は切迫していたのであった。