ベビーロケットに続く日本の固体燃料ロケットで、戦後の日本初の本格的な固体燃料ロケット。衛星打ち上げはできず、主に観測目的で使われた。
開発の主要な目的は、国際気象観測年(IGY)への参加であった。目標は高度100kmである。
数々の試行錯誤の末、1958(昭和33)年に二段式固体燃料ロケット カッパ6(K-6)型の開発に成功し、到達高度は60kmではあったがIGYへの参加を無事果たした。なお、この時自力でロケットを上げたのは、米ソの他にはイギリスと日本だけだった。
このロケットは、タイニー・ランス→ベビー・ランス→フライイング・ランスという名で開発される計画の最後、フライイング・ランスに相当するものである。