分子式C13H10N2O4。分子量258.2。融点269℃〜271℃。CAS番号50-35-1。ちなみにR体はCAS番号2614-40-8、S体はCAS番号841-67-8として登録されているようである。
化学名(±)-N-(2,6-Dioxo-3-piperidinyl)phthalimide。
かつて西ドイツのグリュネンタール(Grünenthal)社が開発した催眠鎮静剤。商品名はコンテルガンで、1957(昭和32)年10月1日に発売された。即効性があり、翌朝に効果を持ち越さず、更に大量服用しても致死的でなく自殺に使用できない安全性を特徴として販売された。だが、後に、妊婦が服用すると子供に手足が短いなどの独特の畸形(アザラシ肢症)が生じることが判明し、グリュネンタールは1961(昭和36)年11月26日に回収を決定した。この畸形児をサリドマイドベビーと呼ぶ。
日本では海外での回収後も大日本製薬と(当時の)厚生省が販売を続けたため被害者が続出した。1962(昭和37)年5月17日に大日本製薬がイソミンとプロバンMの出荷停止を、24日にサリドマイド剤メーカーも各製品の出荷停止を、それぞれ厚生省に申し入れた。実際に販売停止と回収が行なわれたのは翌月の9月13日だが、回収が徹底していなかったため、その後も被害者が続出した。ちなみに米国では米国食品医薬品局(FDA)が薬自体を認可しなかったため、殆ど被害は出ていない。
こうして一躍悪魔の薬となったサリドマイドは一旦、世界的に販売が中止された。但し薬効などに関する研究はその後も続き、1964(昭和39)年、エルサレム・ハンセン病病院にて、サリドマイドがハンセン病患者に多発する難治性の皮膚炎(結節性紅斑)に劇的な効果があることが確認された。これを機に、サリドマイドは粘膜皮膚疾患の特効薬としての地位を獲得したのである。
現在サリドマイドの適応症は、ハンセン病、ベーチェット病、全身性エリテマトーデス(SLE)、エイズのカボジ肉腫、皮膚がんなど幅広い。アメリカでも1998(平成10)年にハンセン病治療薬としての販売が承認された。但し、畸形児が生じるなどリスクが極めて大きい薬であるので、使用に際しては厳しい条件が付けられている。実際の効果だが、サリドマイドはがん細胞と戦うというよりは、がん細胞に栄養を補給する血管の成長(血管新生)を阻害し、兵糧責めにする働きがある。つまり、抗癌剤と言うよりは飢癌剤という表現ができる。
さて、サリドマイドの構造には不斉炭素(キラル炭素)が一つある。従ってサリドマイドには右手型と左手型が存在することになる。サリドマイドの睡眠・鎮静作用があるのは右手型(R体)であり、催畸形性による四肢の矮小化などの作用があるのは左手型(S体)である。当時はこの事実に気づかず、両者の混合物が市販されたわけだが、後の研究によりR体を服用しても体内でS体に変化することが確認されたため、問題はいずれにせよ避けられなかったと考えられる。