かつて、初代社長の
高速化改造したX68000や、木製のフロントパネルを装備した5インチFDDドライブなど色々と無茶なものを製造し、しかもその商品名を意味不明な漢字羅列で表記する妖しさなど、他に類を見ない斬新性を醸し出していた。
X68000互換機の制作を目論んでいたが、実現する前にX68000事業から撤退し、プロジェクトは他のX68000事業とともに来栖川電工に移っている。
2001(平成13)年3月頃から従業員への給料の未払いが始まり、ゴールデンウィーク頃には借金の取り立てがピークに達し、そして遂に倒産してしまった。
ちなみに祝一平(本名 三上之彦)は1999(平成11)年4月2日に逝去。