広義にはパソコンを利用し電話回線を使用する広域ネットワークの意。この中には狭義のパソコン通信の他にインターネット利用なども含めることができる。
パソコン通信の端末は、当時はパソコン位しか機能(および価格)的に足るものが無く、それ故にイメージ的に「パソコンによる通信サービス」という形で呼ばれることになった。
1980年代末にはニフティサーブの普及などにより、ワードプロセッサやPDAなどでも利用可能な機種が多数登場した。
そのため一部の機種では「ワープロ通信」という呼称を付けている場合もあったが、一般的には利用する端末機械の種類を問わず、通念上のものとして全てを含めパソコン通信と呼ぶ。
初期のパソコン通信サービスで有名なものには、1979(昭和54)年に誕生したアメリカのCompuServeがあり、日本でも一部のパソコンマニアが英和辞書片手に8ビットのパソコンと300〜1200bps程度の低速モデムを使い、高い電話料金に悩みながらも、広がる世界に狂喜乱舞した。
その他に1985(昭和60)年誕生のアメリカオンライン(AOL)やMicrosoft Network(MSN)などが有名。
日本では1987(昭和62)年に登場したニフティサーブをはじめとして、PC-VAN、日経MIX、ASCII-NETなどが隆盛を極めた。
これらはみな特定の会社が有料で会員制サービスを行なう商用サービスであったが、その他に主に個人が開発したホストプログラムを自宅のパソコンなどで動かし、無料で掲示板を中心としたサービスを行なう個人局が多数誕生する。これを草の根ホストまたは草の根BBSと呼び、パソコン通信文化の重要な一端となった。
最盛期(1980年代末〜1990年代頭)には、日本だけでも数千のホスト局が存在していた。
しかし1990年代に入って、インターネットがPPP接続による電話回線経由の利用ができるようになったことで当初の研究機関向けのネットワークから一般に利用されるものに変貌する。
その結果、従来のパソコン通信は大幅に数を減らすことになった。
インターネットの普及によるパソコン通信の衰退については様々な要因が考えられるが、各人によって認識や解釈が異なる上、商用と草の根ではまた原因が異なるために一概に述べることができない。
主な要因としては以下の内容が考えられる。
実際のところ、会員制サービスを展開できるパソコン通信と違い、単にインターネット化しただけではホスト運営側は今までと同様の利益を得ることはできない。結果として、インターネットにユーザの大半を持っていかれたことと、企業のスポンサー契約を取れないことが致命傷と言える。
過渡期には、@niftyにしろAOLにしろ, インターネット接続プロバイダに旧来の会員制独自コンテンツという二本柱で「巨大プロバイダ」としての地位を確保していた。
草の根ホストに関しては、アクセスポイントを全国に展開できないという致命的な弱点がある上、操作が覚えにくいため新規会員を獲得できず、殆どの場所で自然消滅してしまっている。