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サベナ・ベルギー航空
辞書:国土用語の基礎知識 航空会社編 (EAORG)
読み:サベナ-ベルギーこうくう
外語:SABENA
品詞:会社名

ベルギーの航空会社。本社 ブリュッセル。2レターコードSN、3レターコードSAB。マイレージサービス クオリフライヤー。

世界47ヶ国90都市に就航(2001(平成13)年末現在)。日本には東京とブリュッセルの間をA340-300にて週4便。保有機材 MB737 15機、A340 4機、A330 9機、A319 13機、A320 2機 A321 3機。従業員約1万2000名。

1919(大正8)年、ベルギー空軍のジョージ・ネリスの書いた「航空業を通じてのベルギーの発展」という論文を読んだ国王はそれに感銘を受けた。小国ベルギーがヨーロッパ内での存在力を出すための自前の航空会社の必要性を痛感。ヨーロッパ域内及び当時ベルギー領であったコンゴへの航空路線を研究する委員会SNETAを設立させた。サベナは幅広いアフリカ線のネットワークを持っていることでも有名であるが、それは既にこの時から折り込まれていた歴史的なものなのである。1923(大正12)年、SNETAとベルギー政府、コンゴ政庁の出資によってサベナ・ベルギー航空が設立された。これは最近まで存在していた航空会社としてはKLMオランダ航空に次いで古いものである。最初に開設されたのはロンドン―コローニュ線であり、その後もヨーロッパ各地とコンゴ地域で次々と路線を開拓していった。1928(昭和3)年にはコローニュ―ブリュツセル―アントワープ線が開設され、最初の盲目飛行(現在の計器飛行)を記録。ロンドンへの夜間郵便飛行も開始している。第二次世界大戦では国土が蹂躙されたこともあり、壊滅的打撃を受けた。それでも不死鳥のように復活を遂げ、1947(昭和22)年には早くもブリュッセル―ニューヨーク線を開設し、大西洋路線に進出した。1960(昭和35)年にはB707をニューヨーク線に投入し、ジェット旅客機で大西洋線を運航する最初のヨーロッパの航空会社となった。同社が日本路線を開設したのは1969(昭和44)年でアンカレッジ経由の東京線であった。

この頃までは順調に成長を続けていたのであるが、その裏では1958(昭和33)年以降、慢性的な赤字体質となっていた。そのため、1995(平成7)年にはスイスエアーが49.5%の株を取得。その資本参加を受けることとなった。2001(平成13)年に入ると末期的症状を見せ始めたため、スイスエアーとベルギー政府の間でむこう2年間に4億3000万ユーロを追加出資(ベルギー政府4割、スイスエアー6割)し、スイスエアーが出資比率を85%まで引き上げることなどが取り決められた。また、そこで求められていた抜本的なリストラ策の一環で8月9日には日本路線からの撤退も発表された。ところが、911事件によって救済主であるスイスエアー自身がその追加支援の最初の振り込み日であった10月1日その日に経営破綻してしまったことによって、支援を受けれなくなったサベナの運命は風前の灯となり、10月3日破産法申請。

ベルギーの格安航空会社ヴァージン・エクスプレスはサベナに興味を示したものの、結局11月6日、サベナ航空の債務を引き継ぐ新会社には投資しないと発表した。同社以外に有力な投資先は現われなかったため、政府から短期のつなぎ融資を受けて運航を続けながら新たな出資者を探していたサベナは同日再建を断念、清算手続きに入る方針を発表。78年にわたる同社の歴史に幕を閉じた。

その後は親会社のスイスエアーが子会社のクロスエアーを中核に新規会社を起こしたのと同様、子会社のデルタ・エアー・トランスポート(DAT)を中核に新規会社、SNブリュッセル航空を起こすこととなった。しかし、DATは社員1,000名足らず、保有機数32機であり、とてもサベナの1万2000人の従業員の全てを再雇用するのは無理であり、大半が路頭に迷うこととなった。

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デルタ・エア・トランスポート

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