天安門事件の一つで、1989(平成元)年6月4日に起こった、支那共産党政府による民主化弾圧事件のこと。血の日曜日事件とも。
事件という表現は優しいが、事実を反映していない。英語ではTienanmen Massacre(天安門大虐殺)という。
この年の4月に
これを契機として支那では民主化を求める動きが強まり、この日、民主化運動のために学生らが広場に参集した。
これに対し人民解放軍は、民主化を武力で封じ込めるために市民に発砲し、多数の死傷者を出した。死者数ははっきりしないが、状況からみて数千人はかたいとされる。