1937(昭和12)年12月、日本国と中華民国との支那事変(日中戦争)で南京が陥落した翌日から5〜6週間の短期間に、日本軍によって無抵抗な南京市民や支那軍兵士、あわせて30万人が殺害されたとされる、有名な捏造事件。いわゆるアサヒストリーの一つ。
更に昨今では40万人、あるいはそれ以上などという珍奇な説も飛び出している。
支那共産党はこの事件を事実と主張するが、もしこれが事実だとすると、避難地区が設置され、そこに日本軍が食料を提供していた人口20万の都市で40万人が虐殺されたことになるが、その3週間後には人口が22万人になっていた。
虐殺現場に次々と人が押しかけたというのであろうか。そもそも、殺される方も殺される方である。殺されるまで待っていたのだろうか。
当時、戦時国際法に違反し、民間人のふりをして行動するゲリラ兵(便衣兵)に日本軍は悩まされていた。支那共産党軍が、女・子供をもゲリラ戦に参加させたからである(なお便衣とは普段着のことである)。
南京ではゲリラの処刑、ゲリラと間違われた一般市民の処刑、一部の部隊の逸脱行為、支那兵の一般市民の殺害などが行なわれたが、これらが区別されずに扱われているのが今の南京大虐殺であると思われる。それでも30万人などというのは妄想に過ぎた数値である。
支那はハーグ陸戦法規に違反しているので、日本軍の行為は虐殺とは言わない。
そして、市街戦では市民が全員避難しない限り戦闘に巻き込まれるのものなのである。だからこそ日本軍は南京に安全区を作ったのであり、その安全区でゲリラ活動をしたのは支那であった。
こういった歴史的な一つの事故を取って拡大解釈と歪曲捏造により、現在の30万や40万などという突飛な数に至ったものと思われる。
事件が真実であるならば、南京の発掘調査で人骨が大量に出てくるはずである。
日本は南京の事実を検証したいところだが、支那は南京の調査を拒んでいるためできない。調べれば、捏造だとバレるのは自明だからである。
南京大虐殺の証拠とされている写真は、全て捏造である。現在、証拠能力のある写真は一枚もない。写真だけでなく、被害者の骨や遺体、あるいは使われた銃や刀、それを記した書類のたぐいの一切が見つかっていない。
真実であれば、一つくらいは証拠が出て来るものである。事実は隠しきれないからである。しかし、既存の「証拠写真」なるものは、全てが捏造である。
有名な検証本としては、東中野修道ら著の「南京事件「証拠写真」を検証する
」がある。また、この書待望の英訳本も作られ、「Analyzing the "Photographic Evidence" of the Nanking Massacre
」として、ネットでも閲覧可能となっている。
南京大虐殺が事実であるなら、証拠の捏造など、する必要はない。捏造などせずとも、事実は覆らないはずからである。しかし、南京大虐殺肯定論者は、みな例外無く、証拠の捏造をしている。これが何を意味するかは、言うまでもないことだろう。
いわゆる東京裁判で提出された証拠写真は全て無関係または合成写真だった。ここで南京大虐殺を「見た」と答えた者は二名だが、そもそも証言以外の証拠は無い。
一つの参考として、B-29を300機以上を投入した東京大空襲で死者約10万人、原爆の死者でさえ約20万人である。
当時の日本兵の主力兵器はボルトアクションの三八式歩兵銃や、2〜3人斬れば刃こぼれする刀。これで短期間のうちに大量虐殺は不可能である。
また日本軍が事件を隠蔽したということなので、それだけの遺体をどこかに埋めたことになるが、その場所も暇も現実には存在しない。
そもそも、30万人も40万人も楽々殺せるなら、日本は戦争に負けるはずがない。
⇅超えられない壁
しかし指を加えて黙っている訳にもいかないため、日本文化チャンネル桜の社長、映画監督である水島総らが、対抗して映画「南京の真実」を作る旨、発表した。2008(平成20)年1月25日に完成試写会を開催、会場は満席で人が溢れた。
また、これに協力する形で非公式(半公式)で、南京ペディア - 映画「南京の真実」まとめサイト
が作られた。
支共のプロパガンダは嘘・捏造だが、以下に示すのは実在した「南京大虐殺」である。
実在した「南京大虐殺」を示すためには、第何次のものであるかを明確にせねばならない。