安重根

読み:あん・じゅうこん
読み:アン・ジュングン
外語:안중근 朝鮮語 , An Jung-geun
品詞:人名

日本の初代総理大臣である伊藤博文を暗殺した朝鮮人テロリストであり、歴史を朝鮮併合へ導いた男。

生没1879(明治12)年7月16日〜1910(明治43)年3月26日

李氏朝鮮 黄海道出身。父 安泰勲の長男として生まれた。姓は安、名は重根、字は応七。

左利きである。

信仰はカトリックだった。

略史

  • 1879(明治12)年7月16日: 生まれる
  • 1909(明治42)年10月26日: 伊藤博文を射殺、現行犯逮捕される
  • 1910(明治43)年2月14日: 死刑判決が下る
  • 1910(明治43)年3月26日: 旅順刑務所で処刑

テロリストでありながら、現在の南朝鮮の教科書では、抗日の英雄として取り上げられている人物である。

またこのテロリストは現在、南朝鮮の「安重根記念館」に英雄として祀られている。

経緯

李氏朝鮮の独立運動家。朝鮮の日本への従属に反対し、独立運動家となった。

目的達成のためには日本の要人の暗殺が必要と判断し、1909(明治42)年10月26日、ロシア旅行のために満州の哈爾濱駅(ハルピン駅)を訪れた伊藤博文前韓国統監府統監を、ブローニング社製の自動拳銃で暗殺した。

安は外国の駅という非戦闘地域で、私服のまま、予告もなく、銃殺する、という卑劣極まりない行為により伊藤を殺害したのである。弾丸は三発が命中し、伊藤は即死した。

彼はその場で逮捕され、翌年1910(明治43)年2月14日に死刑判決が下り、翌月の3月26日、日本領旅順の旅順刑務所で処刑された。

伊藤博文

安重根により暗殺された伊藤博文は、実は朝鮮併合の「反対者」だった。

安重根の愚かなところは、殺す相手を間違えたことである。伊藤は保護国化を望んでいて、最後は併合を飲んだとされるが、安が本来の目標を遂げるために狙うべき真の相手は「山縣有朋」だったのである。

結果として、彼の愚行により朝鮮併合が決定的となったのは、皮肉な結果であった。