「新しい歴史教科書をつくる会」(藤岡信勝ほか)が編纂し、作られた歴史教科書の商品名。
初版と改訂版は扶桑社より発行された。あまり売れなかったためか扶桑社は刊行をあきらめ、次回以降は別の出版社から刊行されると発表されている。
現在、学校用と市販本があり、市販本は2001(平成13)年発売分と2005(平成17)年発売分がある。
学校用はそれぞれ、2002(平成14)年度から、2006(平成18)年度から4年間使用される(た)。
両者で教科書としての内容に差はないが、市販本は市販するため、背表紙にISBNが付けられていたり等の差がある。
改訂版の6ページには、次のように書かれているので引用する。
歴史を学ぶとは、過去のできごとを知ることだと考えている人が多いかもしれないが、これは必ずしも正しくない。
歴史を学ぶのは、過去におこったことの中で、過去の人がどう考え、どう悩み、問題をどう乗り越えてきたのか、つまり過去の人はどんな風に生きていたのかを学ぶことだ、といったほうがよい。
良くも悪くも、ただの教科書である。
この教科書が他と最も違うのは「歴史観」である。現在シェア過半数の東京書籍の教科書は、マルクス主義(唯物論)の歴史観を展開した共産主義礼賛の左翼教科書である。日教組が、そのような内容を望んでいるからである。
が、この教科書はそうではない。この教科書の作られた目的にして最大の特徴は、南京大虐殺のような題材にしても、日本を叩くためだけの嘘でたらめを、一切書かないことにある。この教科書で、反日洗脳のない、健全な歴史の勉強ができる。
著者陣の思想信条もあるが、公平で中立を目指していたと思われる。完全にとは行かなかったようだが、できる限り忠実に日本史を説明した教科書として作られた。
そして現在の日本の教科書の中で、学習指導要領に最も忠実な教科書である。
この教科書は、国民の知る権利に基づき2001(平成13)年、市販本としても出版され、70万部という好評を得た。
内容は、良くも悪くも普通の教科書で、実際に読んだ人は「何が問題なのか分からない」と感じたようである。それでも、既存の「嘘だらけの」歴史教科書に比べれば遥かにマシであるといえた。
そして、それほど名著ではないこの本がもたらした最大の貢献は、どれほど言論の自由に圧力を掛けてくるメディアや人が多いかを世に知らしめたことにあった。
この反対派は2001(平成13)年8月8日に、つくる会の本部に放火するなどのゲリラ活動を展開した。この状況で、結果シェアは0.047%と大惨敗となった。
そして最初の教科書から4年たった2005(平成17)年、改訂版が登場し市販もされ、4年ぶりに教科書採択が行なわれた。
内容も大きく改訂され、かなりの良書となった。
改訂版発刊に到り、再び執拗な妨害活動が展開された。
例えば、栃木県大田原市には「扶桑社の教科書採択をやめないと、市内の子供を次々に殺す」などの脅迫電話が掛かったりもした。
これだけネガティブキャンペーンが繰り広げられる状況で、結果シェアは0.4%と前回の10倍に高まった。
数字だけみれば前回同様大惨敗であるが、比較的惜しい地域も散見されることから、更に4年後にまだ日本国が存在し、過激派の粛清が進めば、かなりの良い結果が得られるものと期待されている。
但し次回は、扶桑社ではないことが既に決定している。
扶桑社がどのような教科書を発刊するのかは、これを著している現時点では不明であるが、八木秀次率いる日本教育再生機構が作るらしいことは既に発表されている。
現在の日本は、過去の歴史をふまえた上で、政治は「民主主義」を採用し、また経済は「資本主義」を採用している。
民主主義で資本主義である日本の「歴史教科書」は、なぜここに至ったのか、という点を説明せねばならない。
なぜ他の方法ではいけないのか。例えば共産主義や社会主義ではなぜいけないのか、を説明しなければ、民主主義、資本主義である日本の正当性を、子供に教育できない。
では、どのような内容になるだろうか。
書かれるべき内容は、「これまで共産主義が何をしたか」を記載することになるだろう。それはどういう内容になるかと言えば、共産主義の凄惨な過去、つまり何千万人という虐殺の歴史である。
しかし、日本の他の教科書には、共産主義を批判することは書かれていない。対して「新しい歴史教科書」には、それがはっきりと書かれているため、サヨクから「猛攻撃」を受ける一つの理由となった。
反対派、いわゆるサヨクが必死に妨害活動を繰り広げるこの教科書である。
攻撃は、変なことが書いてある、子供に有害、的なものが主である。ただ、この教科書は市販されているため、誰でも購入して内容を確認できるのが特徴である。彼らが嘘をついていることは、実際に読んでみれば明白である。
内容に期待したが、実際に買って読んでみても何の変哲もなく、期待はずれだったという人もいる。変なこと、偏ったことは何も書かれていないからである。
反対派は、この教科書が「戦争賛美」教科書と主張する。が、実際には、そのような事はどこにも書かれていない。例えば「日本人は銃を持って戦え!周辺国を火の海に!」などと書かれていたらそれは戦争賛美で間違いない。しかし、それでは日本国の検定は、100%通らない。その上、書いた人はただの馬鹿だと思われるだろう。
また反対派は「憲法や子どもの権利条約などに違反する」などとして訴訟を起こしたりしている。だが、具体的にどの部分が違法であるのか、彼らは指摘することもできないようである。
反対派はなぜ嘘をついてまで、この教科書を排斥しようとするのだろうか。それは、この教科書の内容が、彼らにとって不都合だから、と考えられる。攻撃の、もう一つの理由である。
しかし、特におかしな事は書かれていない。いったい何が不都合なのだろうか。
実はこの教科書は、変なことが「書いてある」のではなくて、自虐的な内容を「書いていない」ことに特徴があるからである。
自虐的な内容は「変なこと」であるから、換言すれば変なことを「書いていない」ことが特徴とも言える。
この教科書では、サヨクが熱望してやまない共産革命が実現できない。存在は不都合であり邪魔であり、このような動きが他の教科書に波及したら困る。だから妨害活動を繰り広げているのである。
前述の杉並区の一件で、採択反対派が過激派であることが公知となった。彼ら過激派のデモの様子はCSテレビ局「日本文化チャンネル桜」で全国放送され、ネット界で広く知られるようになった。
かくして、教科書のみならず、チャンネル桜も攻撃対象の一つとなったわけである。
このように、過激派からの脅迫じみた妨害が横行したため、騒動を好まない自治体が続出した。それでも採用した東京都杉並区や東京都、愛媛県、栃木県大田原市などはよく頑張ったと言える。