ではなぜ、朝鮮人は天皇を「王」と呼称したがるのか。これを説明するためには、極東の歴史と朝鮮人のプライドについて説明せねばならない。
まず「王」というのは、中華思想では皇帝の下の位である。かつては朝鮮の為政者はみな王であり、日本も一時期そうだった。
王(特に辺境=蛮族の)がどのような立場・扱いだったかは、日本でなら三国志が有名で参考にしやすい。
そしてその辺境の地、朝鮮は長い間支那の属国だった。李氏朝鮮時代の王にしても、属国であったゆえ、その決定権は支那にあったわけである。
すなわち、この王の地位というのは、支那の皇帝の部下にすらも劣るものであった。
さて、朝鮮のトップが王であるため、日本が支那のトップと同格の「皇帝」(天皇というのは地球最後の皇帝である)では、当然、朝鮮が日本より劣るということになってしまう(これは紛れもない事実だろうが)。
そこで、朝鮮人は意地でも天皇を王扱いする。さもないと「支那の子供で日本の兄貴分」であると自負する朝鮮民族のプライドが著しく傷ついてしまうからである(儒教の考え方では、兄というのは絶対的に偉いのである)。
従って、彼ら朝鮮人が天皇を王扱いするのは、皇帝である天皇を自分達と同レベルに引きずり下ろし、自己満足をしている事の表われなのである。
時は明治時代、朝鮮半島では李氏朝鮮時代、天皇陛下の挨拶状を持った使者が何度か半島へ渡ったが、属国だった朝鮮が「天皇」を認めてしまっては支那に何をされるか分からない。
よって、その使者は一人残らず追い払ってしまったという歴史がある。
これは強いものにおもねる事大主義の、一つの典型例であった。