東條が首相に就任した頃、既に世論は沸騰しており、戦争への道は避けられない状況にあった。
幸か不幸か、当時から日本という国には国会があり民主主義が成立していたため、世論の意見には逆らえなかったのである。かくして不幸にもそのまま戦争に突入してしまったため、東條は後に悪人として仕立て上げられることになる。
東條は昭和天皇から絶大な信頼を受けており、終戦後、東京裁判でA級戦犯とされるが、天皇陛下に戦争責任が及ぶことを避けるため、人柱となることを選択した。
やがて死刑となるが、彼自身がそれを予感しており、生前に幾つかの遺書を残している。
東條英機が東條英機として日本にいたお蔭で、今の日本と皇室は守られ、悠仁親王殿下へと繋がっている。