日本の新聞の一つで全国紙。読売、朝日、毎日で日本の三大新聞をなす。
「毎日」新聞という名だが、他紙と同様に休刊日がある。
公称約300万部以上売れている。しかし、その大半は押し紙(いわゆる水増し、架空の読者数)とされる。
有力紙中では押し紙率が最高であると言われており、販売所から損害賠償請求で訴えられたときに発覚した押し紙率は7割であった。
つまり、販売所に無理矢理押し付けている新聞紙のうち配達されているのは僅か3割で、残りは紙ゴミになる。紙資源の無駄遣いも甚だしい。
このため、現在では既に実売で、産経新聞や、中日新聞&東京新聞にも追い越されていると言われている。
関連紙として、スポーツ新聞の「スポニチ」。毎日グループの最大の稼ぎ頭とされる。
系列のテレビ会社は、大阪ではMBS(毎日放送)、東京ではTBS(東京放送)。
但しTBSには毎日資本は殆どなく(2%以下)、TBSは実質、共同・電通系である。
サヨク。反日、売国。
資本の都合上、基本路線は売国サヨク寄りである。日本語版では、平均的な赤さでは朝日新聞には到底勝てないが、ピークレベルでは朝日を越えることもある。
しかしこの評価も、毎日新聞変態報道事件発覚以降は一変、朝日新聞など足下にも及ばぬ変態新聞社であることが明らかとなった。既に思想の左右を超越している。
既に報道機関ではない。強いて言うならば、政治団体、思想集団、カルト辺りが近い。
政治思想的に左右が混在しているところから、元朝日新聞のフリージャーナリスト稲垣武に「百鬼夜行」と言われたこともある。
同じサヨク同士、朝日新聞と仲が良いかというとそうでもないらしい。以前はよく意見が(反日ということで)合っていたが、その後は朝日新聞叩きも目立つようになった。
朝日の「NHK番組改変問題」捏造の件に関して、2005(平成17)年10月1日の社説で「朝日見解 事実解明なしで新聞社ですか」などとストレートパンチを放ったりする。
では、毎日新聞は、変態報道の事実解明なしで新聞社なのであろうか。
そんな毎日新聞だが、1960年代には朝日、読売を凌ぎ日本一の発行部数を誇っていたのである。
にもかかわらず朝日・読売に大差を付けられるようになったのは、外務省機密漏洩事件、いわゆる西山事件が発端だった。
西山事件とは、政治部記者「西山太吉」が外務省の女性事務官から「情を通じて」機密電信を入手し、野党議員に渡して政争の具としたスパイ事件である。
毎日新聞社は「知る権利」を口実に行為の正当化を図り、徹底した反政府キャンペーンを繰り広げた結果、読者の信頼を失い、主婦を敵に回したため経営危機に陥り、遂に会社更生法を申請して事実上倒産したのである。
2003(平成15)年5月1日12:20(日本時間)(@180)、毎日新聞記者の五味宏基がヨルダンの首都アンマンで「アンマン国際空港爆破事件」を起こした。
過失致死、過失致傷の罪で禁固1年6ヶ月の実刑判決が言い渡されるが、本件で恩赦請求を出した。
なおこの特赦を出す代わり、日本はヨルダンに対するODA返済義務の棒引き(もちろん原資は税金)をせざるを得なくなったとされる。にも関わらず、毎日新聞は政府や日本国民に何ら感謝することなく、今も反日報道を続けているわけである。
毎日新聞変態報道事件とは、日本の新聞でありながら、日本人の知らないところで、英語により日本人全員は変態だと報道し続けた事件である。
2008(平成20)年6月になりその事実が判明するが、ここには書けないような酷い変態的内容から日本国中が騒然となり、またしても主婦層を激高させたのである。
サヨク新聞は、どこも例に漏れず変なことを書き立てる。
政府、自民党、医者、自社に広告を出さない大企業などを叩ければ、その理由は問わない節さえある。叩く際には、さも自分たちは正義のような言い草で、例外無く高い所から見下ろしたような論調を貫く。毎日新聞は、この特徴に奇麗に準拠している。
のみならず毎日新聞は、とても日本人とは思えないようなことを平然と書く。日本人ではない記者が大勢いるのだろう。
変態報道事件の騒動醒めやらぬ中、毎日新聞2008(平成20)年8月10日地方版(京都)の論説に注目が集まった。
この記事は「木下武」名義で書かれた "洛書き帳:「病院には遺体に対して『不浄』という意識がある」… /京都" と題された論説で、医療関係者に取材したとして主張が書かれた。
これは、毎日新聞がどういう新聞であるかを、よく表わしたものと考えられている。
とても日本人が書いた文とは思えないとして、ネットでは騒動が巻き起こった。
以下は、多くの日本人の発言を総合したものである。日本人の全員がこのように考えるとは限らない。
人の生死には、穢れ・不浄、そして出入りの場所や方角など、日本では民俗・民間伝承的な感覚が存在する。
それは、死者を冒涜、蔑ろにしている訳ではなく、日本人としての当然の意識である。日本では、死後の世界は反対という認識があり、遺体は北枕にする、死に装束を左前にする、掛け布団を上下逆さまにする、など様々なものを通常とは反対にする。
また、自分が死んだ時はひっそりと裏口から出たいと願う人が多く、生きている間は裏口からは出たくないと願う人が多い。こういった機微が、日本人らしさである。
病院という施設は、あくまで「生きる」ために訪れる人々に医療を提供する場所である。
病人だらけの場所で、死人を堂々と運搬していたら、みな暗い気持ちになるだろう。患者に無意味な不安を与えても何の利益もなく、このような事は避けるのが気遣いである。
例えば、成功率の低い手術が必要な大病を患い、遂に入院を決心して病院に出向いたとする。この時、正面玄関から遺体が搬出されて来たとあっては、多くの人は引き返すだろう。
死に際や遺体が衆目に晒されることは、患者本人や、遺族・近親者にとっても気分の良いものではない。これは、威厳などとは無関係である。
このため、死期が迫った患者は大部屋から個室に移され、死をおおっぴらにはしないことを配慮としている。
なぜなら、病院で同室の人は、少なくない確率で「同じ病気」であり、同病の他の患者に死体を見せつけて「俺もいずれは…」と絶望させるのが、果たして良いことなのかどうかを考えればよい。
またもし自分が死んだ時、遺体となった自分が具合が悪い人や検査結果待ちで不安な人の前を通り過ぎ、それを見た闘病中の患者の病状が悪化したとあっては、死んでも死にきれない。このように考えるのもまた日本人である。
病院には、遺体安置室という専用の部屋がある。
論説ではまるで物置か倉庫のような書き口であるが、実際には自宅や葬儀場に送るまで仮部屋であり、簡易祭壇と線香で喪に服してくれる部屋である。
棺は霊柩車で運ばざるを得ないが、病院の表口に霊柩車を着けるのは日本の常識ではあり得ず、従って自然に裏口などになる、というだけの話である。
そもそも、日本ではハンカチを遺体の顔に乗せたりはしない。
日本では「忌布」(面布ともいう)で顔を覆うのが古来よりの習わしである。
では、なぜこのような日本人の感覚に合わない記事が出来たのか。その一つのヒントとして、南鮮の現状がある。
南鮮では、病院と葬儀場が同居している。ソウル大学付属病院を始めとして、南鮮の大病院には必ず葬儀場が完備されている。病院の敷地内に斎場があり、病院で死んだあとは病院で葬式をしている。
南鮮では集合住宅が多く、病院から自宅へ遺体を搬送するのが難しいという事情もあるらしく、またこのようなスタイルを合理的と考えているようである。
病院では、確かに人が死ぬ。日本人も、大抵は病院で死ぬと言われる。しかし、これではまるで病院に死にに行くようで、病院にネガティブなイメージを抱かざるを得ない。日本人の場合、生と死が密接であったとしても両者には線を引き、決して一緒にはしない。
この辺が、日本人とこの著者の、生死感の違いとなっているのであろう。
コラムは "余録"(朝刊)、"近時片々"(夕刊)。
2004(平成16)年末現在、朝刊の4コマまんがは "アサッテ君" ©東海林さだお、夕刊の4コマまんがは "ウチの場合は" ©森下裕美。