スイスの航空会社。「スイス航空」とも呼ばれる。本社 チューリヒ。2レターコード SR、3レターコードSWR。マイレージサービス(FFP) クオリフライヤー。2001(平成13)年10月1日経営破綻。
世界78ヶ国164都市に就航。日本には東京、大阪とチューリッヒの間をMD11にて各々毎日1便運航(ただし、水・木の東京便は日本航空運航機材)。保有機材 MD-11 19機、A319 9機、A320 20機、A321 12機、A330 15機。従業員 7,726名(1999(平成11)年末)。
スイスエアーの歴史は1931(昭和6)年3月にバルエアーとアド・アストラ・アエロが合併して同社が設立されたことに始まる。この時は天候状況の良い3月から10月の間のみの運航であり、総運航距離もわずか2,612マイルに過ぎなかった。1932(昭和7)年4月、ヨーロッパで初めて単発の高速機、ロッキード・オライオンの運航を開始する。これは当時の民間航空会社にはまったくの新しい発想であり当時ヨーロッパで使われていたどの機材よりも速いと話題を呼んだ。1934(昭和9)年にはヨーロッパの航空会社として初めてスチュワーデスを採用。1935(昭和10)年にはイギリスのインペリアル航空と提携。このようにスイスエアーは積極的な戦略を展開していた。1947(昭和22)年7月、州政府の資本参加をもって名実共にスイスのナショナル・フラッグ・キャリアーとなる。ただし、資本参加率は30%に過ぎず、これは最後まで変わらなかった。ロゴに国旗をそのまま使用していることからもよく勘違いされることであるが、同社は国営企業ではない。1957(昭和32)年4月、日本への最初の定期便となるチューリヒ―東京便が南回りで開設される。1986(昭和61)年、アンカレッジ経由の北回り便を開設。1991(平成3)年、南回り便を全廃。全便をシベリア経由の直行便に切り替える。1995(平成7)年、大阪線を週5便に増便。この年には日本との関係以外にも台湾線開設のためにスイスエアー・アジア設立。更には当時経営難に陥っていたサベナ・ベルギー航空に出資、傘下に治めたことは大きな話題となった。ただ、この時の株式取得率が49.5%と意図的に50%未満にされたのはEU域外の航空会社であるスイス航空がサベナ航空を買収する事で、事実上EU域内での離発着権を得る事になるとして、EUが認めなかったことによる。
しかし、そのサベナ・ベルギー航空やTAPエアーポルトガルなど提携先航空会社への過大投資が響き、2000(平成12)年には過去最大の赤字(29億スイスフラン。約2,146億円)に陥っていた。これに911事件が追い打ちをかけ、2001(平成13)年10月1日経営破綻。当初は再建の可能性も問いただされたが、大手株主の州政府が見切りをつけてしまったため70年の歴史に幕を閉じることとなった。その後はスイスエアーが株式の70%を保有しており、スイスエアーグループでは唯一経営が健全と見なされていた欧州内の短距離便専門の航空会社クロスエアーに従業員の大半と主力路線を譲り渡すこととなった。こうしてクロスエアーを中核として2002(平成14)年3月31日に新生スイスエアー,「スイスインターナショナルエアラインズ」が誕生した。