1942(昭和17)年2月15日、第25軍司令官山下奉文中将が英マレー軍司令官アーサー・アーネスト・パーシバル中将との降伏交渉の際に、停戦を明日に引き伸ばそうとしているパーシバルに対し山下が「イエスかノーか?」と机を叩いて強く断を迫ったと言われている言葉。
しかし、実態は後日山下が親しい知人に語ったところに寄れば、通訳に軍事用語に疎い報道班員を使ったためパーシバルに誤解を与えて話がこじれてしまい、また、パーシバルは停戦を明日まで待って欲しいと時間を引き伸ばそうとしていたが、日本側は既に弾薬の大半を使い果してしまっていた。その一方、イギリス軍はあくまでも水源が断たれたから降伏を申し出てきたに過ぎず、まだ10万もの兵力を持っていたし、日本は夜に夜襲をかける予定であった。そのため細かいことはどうでもいいから取り敢えず降伏するのかどうかを先にはっきりして欲しいという意味で言ったに過ぎなかった。