1910(明治43)年度計画に基づいて建造された、フランス海軍初の弩級戦艦のクラス。「クールベ」「フランス」「ジャン・バール」「パリ」の4隻がある。
主砲には30.5cm連装砲を採用。配置方法としては艦首、艦尾の各々2基を背負式配置にしているが、これはフランス戦艦としては初であった。その一方で中央部両舷に各1基を配置している。これは乱戦時に左右両弦に同時に敵艦を見た場合でも対応できるという考えに則したものであるが、砲戦距離が伸びたこの頃には両弦に敵を見るような乱戦になることは少なく、一方で、片舷に振り向けられる砲門数が装備砲門数よりも少なくなってしまうわけで、古い思想と言える。
13.8cm副砲は合計で22基を装備していたが、両舷側とも艦尾の2基ずつを除き、3基ずつを3箇所に集中して配備していた。しかし、これは1基に被弾した場合に他の2基にも影響が及ぶ可能性が高く、好ましい配置とは言えなかった。
防御では、他国の同時期の戦艦のように甲板装甲を1枚板とせず、30mm、30mm、12mm、40mm厚の4層構造としていたのが特徴であり、これはのちのフランス戦艦にも引き継がれたので、フランス戦艦の特徴となった。
主機は、パーソンズ式蒸気タービンを4基搭載し、28,000馬力の出力を得、4軸推進、21ノットの速力であった。また、艦によって主缶の形式が異なり、「クールベ」「ジャン・バール」はベルヴィール缶を、「フランス」「パリ」はニクローズ缶を搭載していた。また、新造時は3本煙突であったのも艦容の特徴であった。
全艦第一次世界大戦に参加したものの、特に大きな活躍は見られなかった。その後開かれたワシントン海軍軍縮条約では全艦保有を認めらた。1920年代に大規模な改装が行なわれ、三脚の前墻と高い後墻の新設、環境構造物の拡大、1・2番煙突の結合、主砲の仰角アップ、対空兵装の強化、重油専焼缶への改装などが行なわれた。
しかし、1922(大正11)年に「フランス」がキベロン湾で座礁沈没し、1938(昭和13)年に「ジャン・バール」は艦名を新戦艦に譲って「オセアン」と改名し、兵装を撤去して停泊練習艦になっていたので、第二次世界大戦に戦艦として参加したのは「クールベ」と「パリ」の2隻だけであった。
コラム(要目(新造時))
基準排水量 22,189トン
最大排水量 23,475トン
全長 168.0m
全幅 27.9m
吃水 9.0m
主機 パーソンズ式蒸気タービン 4軸
出力 28,000馬力
速力 21ノット
航続距離 4,200カイリ/10ノット
兵装 45口径30.5cm連装砲 6基12門、55口径13.8cm単装砲 22基、47mm単装
機銃 4基、45cm水中魚雷発射管 4門
装甲 舷側 270mm、甲板 112mm、主砲 320mm
乗員 1,085名