アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦4番艦。1936(昭和11)年計画艦。
1937(昭和12)年ブレーメンのデシマークで起工、1939(昭和14)年1月19日に進水し、完成を目指して工事は続けられたが、ドイツ海軍の誇る戦艦「ビスマルク」を屠るのに活躍した空母の存在がドイツ海軍内でクローズアップされ、本艦に空母改造の白羽の矢が立った。その結果、上部構造物の全面撤去にまで工事は進んだが、1943(昭和18)年2月、大型艦の建造の全面中止に伴って本艦の改造工事も断念された。終戦時、ケーニヒスベルクで自沈したが、戦後ソ連が浮揚、「ポルタワ」と名付け、復旧工事に着手したが、結局未完のまま、1950(昭和25)年にスクラップにされたらしい。ドイツ海軍上層部の方針が二転三転されたのに左右された悲劇の艦であった。