海兵隊 (イギリス)

読み:かいへいたい
外語:Royal Marines
品詞:団体組織名,@集団

イギリスの海兵隊。RN。

イギリス海兵隊は1664(寛文4)年10月28日に設立された。この時の兵員は1,200名で、艦内警備などの艦隊サービスが任務であった。名称は最初「ヨーク公およびオールバニーの海軍歩兵連隊(Duke of York and Albany's Maritime Regiment of Foot)」と呼ばれていたが、ヨーク公が海軍大臣であったため、間も無く「提督の連隊(Admiral's Regiment)」として知られるようになる。「海兵隊(Marines)」という名称が公文書に最初に登場するのは1672(寛文12)年のことである。

1704(宝永元)年、スペイン及びフランスに対する戦争において、イギリス軍のジブラルタル攻撃の最中、1,900人のイギリス海兵隊員と400人のオランダ海兵隊員によってスペインの増援部隊がジブラルタル要塞に到着するのを阻止することに成功した。これにより、現在に至るまでイギリス海兵隊とオランダ海兵隊の友好関係は続いている。

海軍歩兵隊は陸軍の部隊であったが、1755(宝暦5)年に海軍省の指揮下に入り、50個中隊、3個師団に改編された。また、この時の名称は海兵部隊(His Majesty's Marine Forces)であったが、1802(享和2)年に海兵隊(Royal Marines)となった。

1914(大正3)年の第一次世界大戦勃発時、イギリス海軍は世界最大の海軍であったが、駆逐艦以上のランクの全ての艦艇には海兵隊員が乗り込んでいた。この頃の海兵隊の役割は昔と大きくは変わらず、艦船の保守要員や陸戦隊員そして銃座の射撃要員としてであった。イギリス海兵隊は1915(大正4)年のガリポリ上陸作戦に際して、アンザック部隊と協同して任務にあたっている。また、1918(大正7)年にはベルギーのゼーブリュッヘ港へ襲撃作戦を行なっている。

第二次世界大戦において、約8万人の人間が海兵隊に属し、彼らは海および陸上での部隊であった。1940(昭和15)年4月、陸軍部隊に先んじること2日、海兵隊は最初にノルウェーへの上陸を果たした。1946(昭和21)年、陸軍コマンド部隊は陸軍部隊への支援任務を海兵隊に委ねることとなり、解散した。こうしてイギリス海兵隊もアメリカ海兵隊と同様、第二次世界大戦を通じて従来の保守要員・陸戦要員としての姿から、水陸両用戦部隊・特殊作戦部隊へと変化を遂げていったのである。

また、一部の海兵隊員は航空機にも搭乗している。ブラックバーン・スキュア雷撃機に搭乗してドイツの軽巡洋艦「ケーニヒスベルク」を撃沈している。

イギリス海兵隊は朝鮮戦争をはじめとして、マレーシア、ボルネオ、スエズ、アデン、キプロスなどでも活躍している。そして、1982(昭和57)年のフォークランド紛争では、それが島を巡る問題であったため、奪還作戦において主要な働きをしている。その後も湾岸戦争、ユーゴスラビア紛争、東ティモール、アフガニスタンなどイギリス軍が携わったそのほとんどの戦いにイギリス海兵隊は参加している。

現在のイギリス海兵隊の兵員は7,300名。3個コマンド部隊(第40、42、45コマンド)からなる第3コマンド旅団がある。主な装備として、リンクス・ヘリコプター6機、ASガゼルヘリコプター9機、RRC16隻、車両兵員揚陸艇4隻、貨物車両揚陸艇4隻、多用途揚陸艇2隻など。