ナチスドイツ空軍における航空団の指揮官。大佐又は中佐又は少佐が就任する。
当初はテオ・オステルカンプの48歳を筆頭にかなり高齢な航空団司令も居たが、1940(昭和15)年7月にヘルマン・ゲーリングによってとられた前線指揮官の若返り策によって32歳の年齢制限が加えられ、この時にメルダース、ガーランド、ヴィックなどの若手エースが航空団司令になっている。