航空自衛隊のF-1の後継となる支援戦闘機。
その案件であったFS-Xは自主開発や外国機の転用などでかなり問題となったが、1987(昭和62)年10月にF-16をベースに日米が共同で最新技術を盛り込み、航空自衛隊の支援戦闘機要求に適合する機体を改造・開発することとなった。この計画決定時に発表された機体計画ではF-16Cに、1。先進搭載電子機器の採用(APAR(アクティブ・フェイズド・アレイ・レーダー)、ミッション・コンピューター、慣性基準システム、IEWS(統合電子戦システムなど)、2。機首形状の変更 3。強化型風防への変更 4。主翼の変更(面積増大、一体成型複合材料の使用) 5。主翼前縁に電波吸収材の適用 6。ドラグ・シュートの追加 7。エンジンを推力増加型に変更 8。胴体の延長 9。垂直カナード翼の追加 10。胴体と尾翼に先進複合材料および先進構造技術の適用といった改造を盛り込むものであった。翌1988(昭和63)年6月2日の瓦防衛庁長官とカールーチ国防長官との会談で、1。計画管理は防衛庁が実施する 2。主契約社は日本企業 3。開発費(当初予定は1,650億円)防衛庁が負担する。4。FS-X開発で得られる技術情報は、すべて防衛庁に帰属する 5。開発プロジェクトのワークシェアは日本側が55〜65%、米側が35〜45% 6。TSC(技術運営委員会)を設置する などの基本条件が合意された。続いて11月29日には防衛庁は主契約社に三菱重工業を指名、同時に川崎重工業、富士重工業、GD(ゼネラルダイナミクス)の3社がサブ・コントラクターとして開発に協力することが決定した。1989(昭和64)年1月には、三菱重工とGDとの間で技術ライセンス契約が仮調印され、3月には三菱重工業に対してFS-X設計(その1)が約114億円で発注されている。
このようにFS-Xの開発は計画通り順調に進むものと見られていたが、米議会からFS-XのベースとなるF-16の対日技術供与に対して、強硬な反対意見が出され、大統領が拒否権を発動する事態にまで発展し、約半年間を無駄に費やすことになってしまう。次に当初はリリースされるはずであったF-16のFBW(フライ・バイ・ワイヤ)操縦システムのソースコードの対日供与に大幅な制限が課せられることになったため、ソースコードの自主開発を余儀なくされることになった。これにより、約400億円の開発費が追加されることとなった。さらに、GDもサブ・コントラクターとして名前を連ねてはいるものの当初日本側は同社からは原型となるF-16の技術情報提供は受けるものの、実際の開発作業は日本側のみで行なうつもりであった。ところが、日本の持つ技術の獲得を狙うGDは設計・試作の分担も要求してきたため、その折衝に手間取ることとなる。結局、各社の分担は三菱重工業が前部胴体、主翼、全機組立、川崎重工業が中央胴体、エンジン・アクセス扉、富士重工業が垂直尾翼、水平尾翼、主翼後縁フラッペロン、翼胴フェアリング、機首レドーム、主翼上面外板、空気取り入れ口、GDが後部胴体、左主翼、左主翼上面外板となった。こうしてGDが主翼設計の一部を担当することとなったため、複合製主翼の一体成型技術などを武器技術供与する必要性が生じることになった。これは1990(平成2)年の武器技術共同委員会(JMTC)で、一体成型技術のアメリカへの無償供与が決定され一件落着となったが、FS-Xの開発スケジュールは当初予定よりも大幅に遅れることになってしまい、部隊配備開始も1997(平成9)年度とされていた1999(平成11)年度末にずらさざるを得なくなってしまった。
1989(平成元)年3月に発注されていた第一次契約の納期は1990(平成2)年3月であったが、1989年中は以上のような状況によりとても実際の設計作業に取りかかれる状況ではなかったため、防衛庁は1年間の納期延期を認めた。1990(平成2)年2月には三菱重工業に対してFS-X設計(その2)が260億4660万円で、また三菱電機に対し、APARの試作が100億6000万円でそれぞれ発注されている。開発契約に関しては、その後、1990(平成2)年度にFS-X試作(その1)が338億円、1991(平成3)年度FS-X試作(その2)が496億円、エンジン取得・IEWS試作が41億円、1992(平成4)年度にFS-X試作(その3)が735億円、1993(平成5)年度にFS-X試作(その4)が825億円、エンジン・FCR(火器管制レーダー)取得・IEWS試作が92億円、1994(平成6)年度にFS-X試作(その5)が193億円と発注は行なわれたが、この時点で既に開発費総額は約3,200億円と当初予定の約2倍にも達していた。
ところで、一体成型複合材料による主翼とは、炭素・樹脂複合材(CFRP)製の下面外板と桁、リブを一体成型し、やはりCFRP製の上面外板をファスナー結合する方式で製造される。CFRPは従来のアルミ合金に比べ、25%程度軽量とされている。このオールCFRP製の主翼は世界でも最先端を行く技術である。また、最初の方で挙げたFS-X計画決定時の内容の中にある、主翼面積の拡大は、燃料容量と搭載兵装量(最大約9t)の増大に対処したもので、翼面荷重を低めに抑えて機動性の向上を狙ってのものである。以前にアメリカとNATOのF-16使用国は共同で、F-16の運動性強化型アジャイル・ファルコンを研究したことがあったが、その時にも主翼を大型化することが計画され、面積は35m^2程度とされた。F-2でもこれを研究し、アジャイル・ファルコンの主翼面積値を一つの目安とし、最終的にほぼ同様の34.84m^2にしている。F-16の主翼面積が27.87m^2なので、25%増大されたわけである。これにより、主翼前縁後退角も約33度とF-16Cの40度よりも浅くなっている。また後縁は、F-16の様に胴体と直角に交わるのではなく、わずかに前進角が付けられて、テーパー翼となった。
大型化に合わせて、主翼ハードポイントも増加され、片側5箇所(他に翼端ステーション)となっている。ただし、同時に総てのステーションを使うことはできず、基本的には片側3箇所または2箇所をミッションに応じて使い分ける形になっている。搭載兵装としては、まず最初に80式空対艦誘導弾(ASM-1)および93式空対艦誘導弾(ASM-2)の両対艦ミサイルを4発搭載できるということが挙げられる。これはFS-Xの要求として最初から挙げられていた事項であり、F-14がAIM-54フェニックスを運用する母機として作られたのと同様、F-2もASM-1を運用するために作られた母機であると言っても過言ではないからである。この他にもMk82 500lb爆弾、GCS-1付き赤外線誘導爆弾、CBU-87/Bクラスター爆弾、J/LAU-3ロケット弾ポッド、RL-4ロケット弾ポッド、AIM-9Lサイドワインダーおよび90式空対空誘導弾(AAM-3)の両短距離空対空ミサイルAIM-7F/Mスパロー(後に99式空対空誘導弾(AAM-4も))中距離空対空ミサイル、などがある。まて、固定武装としては、F-16と同じ位置にM61A1 20mmバルカン砲1門を持っている。
その一方、開発作業段階で、上記の項目の一つであった垂直カナード翼の装備を行なわないことになった。垂直カナード翼は、F-16のFBWのソースコード供与が米議会の反対により不供与となったため、日本がT-2CCVのテストデーターをもとに日本側が新たに開発したCCV(運動能力強化機)機能を実現するために必要とされてきたのである。F-2ではF-16の備えるCA(制御強化)、RSS(静安定弱化)、MLC(機体に最適の揚効比を自動制御)にDSC(非バンク旋回)、DLC(機動強化)が加えられることになっていた。垂直カナード翼はその追加の2モードを実現するために必要とされてきたのである。しかし、垂直カナード翼を装備するには取付予定であった胴体下面空気取り入れ口ダクトの強度が不足していることが発覚し、カナードを使わずラダーとフラッペロンのみで制御を行なうMEとDyモードに置き換えられることとなった。カナード翼は、CCVでDLCやDSCを行なうには必要なものではあるが、それを取り付ければ当然機体重量は増加するし、抵抗も増える。戦闘機では常に軽量化と低抵抗化が目指されており、カナード翼なしで同等の機動が行なえるのであれば、無い方が当然良いのである。
F-2の操縦システムは3重のデジタル・フライ・バイ・ワイヤ方式であり、さらにアナログバックアップも用意されている。FBW操縦システムでは電源の確保が極めて重要となるため、通常の発電機の他、スタンバイ用と非常用発電機を装備して、電源も三重化。加えてEPU(緊急動力装置)という燃料の燃焼ガスにより駆動される非常用タービンも準備されるという念の入り用である。
ステルス性に関しては、主翼前縁や空気取り入れ口周辺に電波吸収材が適応され、これにより若干RCS(レーダー有効反射面積)は低下しているだろうが、機体の基本設計がステルス時代以前のF-16であるため、F-22やF-35といった本格的なステルス機とは比べるべくもない。
風防形状も変更されているが、これはF-2の主要ミッションがASM(空対艦ミサイル)による対艦攻撃であることによる。対艦攻撃ミッションでは洋上の超低空飛行を行なうことになるが、そのためにはバード・ストライク対策を万全のモのとしておく必要があるのである。F-16の様な一体型キャノピーの方がパイロットの視界の点では有利であるが、F-2ではこの観点からキャノピーと風防を分離し、風防を固定式としたのである。また、その材質は、F-1と同じポリカーボネート製で、キャノピー部分はストレッチド・アクリル製となっている。
燃料搭載量は、胴体を16インチ(約41cm)延長されて、その分多くの機内燃料を積めるようになり、F-16Cの約3.1トンに対して、約3.6トン(複座型のF-2Bでは約3.1トン)に増大している。増槽としては胴体中心線下には300Gal(1,136L)増槽を、主翼下には600Gal(2,271L)増槽を携行できる。そのため、2,271Lの燃料は約1.74トンであるため、600Gal増槽を2本携行した場合、約7トンもの燃料を保持できることになり、当初から要求されていた対艦攻撃ミッション仕様での450nm(833km)の戦闘行動半径をクリアしている。
F-2のアビオニクス・システムは三菱電機製のミッション・コンピューターを中心にその多くが国産品で構成されている。このミッション・コンピューターはF-16の2倍の処理能力があると言われ、火器管制機能の他、自己防御機能、要撃計算、電磁干渉防止、データーバス制御、故障診断機能、サブシステム制御機能が盛り込まれている。
航法装置はIRS(慣性基準装置)を中核とし、TACAN、VOR/ILS、地図航法表示装置を装備する。IRSは、リング・レーザー・ジャイロを使った高精度のINS(慣性航法システム)であるが、フライト・コントロール・システムのセンサーを兼ねているため、IRSと呼ばれている。その機能は整合に要する時間は3分、誤差精度は1時間当たり0.8nm以下と見られる。地図航法表示装置は、コクピットの液晶表示装置に、地図や地形画像をカラー表示する装置であるが、予定飛行ルートを地図上に表示したり、付近の飛行場や航法援助施設のデーターを表示することも出来る。
通信関連装備では、UHF、VHF/UHF無線機の他、HF無線機も搭載されている。航空自衛隊のの戦術機で他にHF無線機を搭載しているのはRF-4Eぐらいなものであり、F-2の通信装備が如何に充実しているかが伺い知れる。
火器管制レーダーは、F-2の目玉の一つである、三菱電機が開発したAPARが装備される。推定される能力は、同時処理できる目標は10個以上、大型目標(艦船など。レーダー反射面積5,000m^2)の探知距離が100nm前後、小型目標(戦闘機など。レーダー反射面積5m^2)の探知距離が、ルックダウンで35nm程度である。モードとしては、空対空射撃、ドッグ・ファイト、ミサイル・オーバーライド、空対地射撃、航法の5モードがある。空対空射撃モードには、中射程ミサイル、短射程ミサイル、機関砲、目視のサブモードがあり、ミサイル・オーバーライドでは中射程ミサイルと短射程ミサイルの二つのサブモードが設けられる。空対地射撃では、投下点継続計算(CCRP)、命中点継続計算(CCIP)、ダイブ・トス、マニュアル、空対艦ミサイル事前計画、空対艦ミサイル目視などのサブモードが設けられている。もちろんレーダーは全般を通じて高いECCM(対電子妨害)性を有している。
搭載しているIEWSも三菱電機の開発によるもので、脅威警戒・識別機能、目標/脅威評価機能、脅威対抗実施機能などを有し、ECM/ESMに対応する。レーダー警戒用の受信アンテナは、機首側面、主翼前縁、垂直尾翼先端に計6個が配置されている。ESMアンテナが脅威電波を受信すると、EWC(電子戦コントローラー)が電波発信元の種類の特定と距離・方位の標定を行なう。脅威が切迫していれば、音声でパイロットに回避操作を指令する機能も持っている。チャフ/フレア・ディスペンサーもF-16の2台に対して4台を搭載しており、高度な電子戦能力を有していることが分かる。
AIBU(先進干渉防止装置)は、電子機器問相互の電磁干渉を防止するためのもので、レーダーやIEWS、あるいはその他の電子機器から発生するブランキング信号を、分配したり整合したりするものである。これにより、各電子機器の発する電磁パルスの干渉による不具合の発生などを防ぐことができるのである。
操縦席は、パイロット正面に広視野型のヘッド・アップ・ディスプレーがあり、その下にアップ・フロント・コントロール・パネルがある。主計器盤に設置されているMFD(多機能表示装置)は、4インチ型2台と5インチ型1台の型3台が備えられている。これはいずれもカラー液晶で、飛行、航法、レーダーFCS、電子戦関連のデーターを選択表示させることが出来る。従来型の計器はエンジン関連計器など数個があるのみである。操縦桿はF-16と同じサイド・スティック配置で、スロットル・レバーと操縦桿から手を離さないで各種の操作が行なえる、いわゆるHOTAS概念が採り入れられている。
酸素体系は従来の液体酸素ではなく、OBOGS(機上酸素発生装置)により、エンジン・ブリード・エアから酸素を分離して、パイロットに供給している。同装置は既にT-4練習機に搭載されているが、液体酸素を用いる方法と比べると飛行前に液体酸素を充填する必要が無いため、整備性・経済性に優れていると言えるがエンジン停止時には機能しないという欠点がある。この点は単発機であるF-2にとっては大きな問題であるため、航空でのエンジン停止時に備えて緊急酸素ボトルも搭載されている。
FS-Xの開発は1990(平成2)年3月30日、三菱重工の名古屋航空宇宙システム製造所大江工場で、次期支援戦闘機設計チーム(FSET)が発足し、スタートする。主任設計者には同製造所の神田国一計画主幹が就任した。人員は、三菱重工から30余名、川崎重工と富士重工から各11名、それにゼネラルダイナミクスから4名と60名弱でスタートしたが、開発作業のピークを迎えた1992(平成4)年6月には三菱重工180名、川崎重工と富士重工が各40名、ゼネラルダイナミクスから70名と、330名にまで達した。
また、後日決定されることになっていた搭載エンジンに、1990(平成2)年12月、防衛庁は「運用構想、運用環境に対する適合性の観点から」という理由でゼネラルエレクトリックのF-110-GE-129の採用が制式決定され、石川島播磨重工業でライセンス生産されることになった。候補には他にはF-15Jでも採用されているプラット&ホイットニーのF100-PW-220が挙げられていたが、F110の方が推力が高いため、F110を選択することになったと見られる。
モックアップが製作され、審査が行なわれたが、1992(平成4)年6月にこれをパスし、このモックアップは同月19日に公開された。この審査には機体の外形・形状の妥当性、パイロットの視界の視認性、艤装・装備品等の配置の妥当性、艤装・装備品の近代性・整備等の要目があった。続いて、飛行試験機が製造されることになったが、その飛行試験機が完成し、飛行テストを開始している最中の1995(平成7)年12月、制式採用が決定。FS-XにはF-2との制式名称が付けられ、飛行試験機はXF-2と呼ばれることに決まった。XF-2は単座のXF-2Aと複座のXF-2Bが各々2機製造された。この間、1992(平成4)年12月にはGDがロッキードに買収されるという事件が発生し、そのロッキードは更に1995(平成7)年3月にマーチン・マリエッタと合併するという事件が起こっているが、F-2の開発作業には支障なく、XF-2の初号機(XF-2A)は1995(平成7)年1月12日に三菱重工業小牧南工場でロールアウトし、同年10月7日に初飛行したのを手始めに、2号機(XF-2A)が同年12月13日に、3号機(XF-2B)が翌1996(平成8)年4月18日に、4号機(XF-2B)が同年5月24日にそれぞれ初飛行している。そして4号機か同年9月20日に防衛庁に納入され、これで飛行試験機全機が揃ったことになる。
XF-2A/Bによる技術・実用試験は大きく4段階に分けられ、1998(平成10)年度末まで行なわれることになっていた。しかし、F-2の本当の試練はここからはじまるのである。1998(平成10)年に入るとまず、主翼下に対艦ミサイルを装着した場合、想定よりも低い速度域でフラッターが発生する発生する可能性が発見され、十数箇所に及ぶ主翼の補強が必要となった。同年5月13日には立川基地内の技術本部第3研究所で静強度試験機の三菱重工業製の右主翼で異音が発生したため、超音波探照検査をしたところ、内部構造の燃料通過用に開けられた穴の周辺にクラックを発見。さらに1ヶ月後の6月21日にはロッキード・マーチン社製の左主翼でも同様の症状が発生。防衛庁は7月にこの補強工事とテストを追加、開発期間を9ヶ月延長して1999(平成11)年12月までとすることとした。ところが、この年の10月、抵抗度を遷音速で飛行中に180度左旋回を行なったところ、垂直尾翼に予測以上の負荷が観測され、各部位の補強と飛行制御プログラムの書き換えを行なわざるを得なくなった。開発期間中に判明した主な改善必要事項は特定条件下における横転性能の改善の必要性、補助翼付け根部付近など主翼の一部強度不足、垂直尾翼へと荷重超過、発電機の過電圧検査センサーの誤作動、予備発電機内の故障などで、金属による補強、飛行操縦プログラムの改修、配線の変更などの対応がとられた。このような度重なる不具合により、F-2の部隊配備は2000(平成12)年6月以降に延期されることとなった。これはF-1の退役に全く間に合わないことを意味し、その穴を埋めるためにF-4EJ改の支援戦闘機部隊への転用とその転用の穴を更に埋めるためのF-15の買い増しが必要になるなど、こんなところにも本来不要の出費を招くことになった。
ところでその様な事態を横目に、F-2の量産型調達は1996(平成8)年度より開始されており、2000(平成12)年10月には初のF-2運用部隊となる第3飛行隊の臨時F-2飛行隊編成完結式が行なわれた。第3飛行隊が駐屯する三沢基地のある三沢市や2002(平成14)年4月にF-2Bによる教育飛行隊となった第22飛行隊のある松島基地の周辺自治体などではその安全性への危惧から配備反対運動まで起こる始末である。
更に、2002(平成14)年にF-2の目玉であったAPARに、モードを空対空にすると探知能力が目の良いパイロットと同程度の約37kmしか無い上にターゲットにロックオンした場合、自機がブレるとロックオンが予想外に外れたり、操縦席のレーダースコープ画面の脅威ブリップが突然消えるなどの不具合が発生していることが新聞で報じられた。このようなことは以前から噂となっており、かなり前から分かっていたはずで、防衛庁内で情報隠しが行なわれていたと思われる。
試験機の段階で不具合が噴出することはよくあることであるが、量産が開始されている現段階でもこのような有り様では先が思いやられる。改修が済んだ頃には旧式化している可能性さえある。しかし、その一方でその初期に欠陥機とまで言われた機体が大改修の末名機に変身した例も多数あるわけで、そうなってくれることを期待するばかりである。
F-2運用実戦部隊は上記の第3飛行隊が2001(平成13)年3月27日に編成完結式が行なわれているが、次なる運用実戦部隊の編成完結は2005(平成17)年、最後の3番目の部隊のそれは2006(平成18)年とされている。2つ目以降までに随分開きがあるのは同じく上で挙げた第22飛行隊で戦闘操縦過程で従来使われていたT-2が減勢し、その後継に当てるのを初め、飛行教導隊の更新用など、当面の調達分が訓練用の複座型のF-2Bにかなりの数が振り分けられているからである。このF-2の装備について航空自衛隊は当初141機の購入計画を立てていたが、数に含めていたブルーインパルス用の後継機整備は時期尚早であるとされ、この分の11機を減らして、現在では130機(A型84機、B型47機)が調達されることが1995年12月の閣議決定で決まっている。
F-2はF-15の価格の1/3である30億円のF-16を元にしているにも関わらず、F-15Jと同額に近い、1機100億円を超える超高価格機になってしまっている。このため、陸自の90式戦車、海自のこんごう型イージス護衛艦と並んで高給取りな和製兵器に挙げられてしまっている。
全長 15.52m
全高 4.96m
全幅 10.80m(主翼端ランチャーを含めると11.13m)
翼面積 34.84平方m
空虚重量 9,527kg
離陸重量 20,245kg
設計最大離陸重量 22,100kg
エンジン ジェネラルエレクトリック F110-GE-129
(ドライ 75.62kN, A/B 131.23kN) 1基
最高速度 マッハ2.0
燃料容量 4,750L(機内)+2,271(増槽)*2/1,136L(増槽)*1
航続距離 450nm(対艦ミッション)
武装 M61A1 20mmバルカン砲 1挺(弾数 512発),
80式空対艦誘導弾(ASM-1), 93式空対艦誘導弾
(ASM-2), AIM-9L, 90式空対空誘導弾(AAM-3),
AIM-7, 99式空対空誘導弾(AAM-4),
爆弾等8,085kg
乗員 1名
初飛行 1995.10.7