政治家。男性。結婚歴あり。日本国の第87代・第88代・第89代内閣総理大臣。自由民主党。
誕生日1942(昭和17)年1月8日(山羊座)、A型、神奈川県横須賀市出身。
マスコミに「小泉劇場」と呼ばれる政治姿勢で国政をリードした。良い点悪い点あったが、最終的な結論だけを見れば、功績の方が多かったと考えられる。
晩節においても支持率が異常に高い総理で、後続の総理も小泉流が求められるという、非常に特殊な現象を招いた。
小泉純一郎の行動は、国益によく合致する点と、大変不利益な点と、両極端であった。
しかし従来の政治家より国益に合致する行動を良く取った事から、反日のテロリストや反日マスコミから猛攻撃を受けることになるが、つかみ所の無い男だったゆえ、遂に彼らは小泉に勝てなかったのである。
マスコミはあまり小泉純一郎の良いところを報じなかったが、これも、反日であるマスコミにとって、存在自体が不都合極まりないものだったからである。
旧経世会は様々な理由で自民党を離れざるをえなくなり、小泉によって遂に滅ぼされ自民党に帰る場所はなくなった。
彼らは現在民主党の幹部となっており、民主党の幹部はみんな、元自民党の膿、金権政治家である。
ついでに、次のような国賊政治家も政界から葬り去った。
北朝鮮拉致問題は、これを著している現時点ではまだ解決していないが、これを全国民の前に晒し、剰え北朝鮮に拉致を認めさせたことは、大変大きな功績である。
第一回訪朝まで、ネット界では知られていた北朝鮮の存在と悪行について、この時初めて全日本国民に知らしめることになったのである。
これはおまけに近いが、イラク・サマーワへの自衛隊派遣も、小泉政権の功績の一つである。
これまで、「金は出すが人を出さない汚い国だ」と罵られていた我が国も、制限は厳しいながら遂に人を出すことによって、世界からの見られ方を変えたのである。
また、ここから自衛隊に対する国民の見方も変わってきた。
小泉は退職金を辞退し、25年勤めた永年在職議員表彰も辞退した。
金に無欲だった小泉ゆえ、マスコミは彼を叩けなかったのであるが、これもその一つである。もちろんマスゴミは報じず無視した。
失策もある。功績がパワフルなのと同様、失策のパワーも並みではなく、国を滅ぼしかけた。