パレスティナで重信房子が結成した過激派勢力で、殺人、銀行襲撃、ハイジャックなど、超非合法のテロリスト集団である。
1971(昭和46)年に赤軍派の中心人物だった重信房子がパレスティナに入り、パレスティナ解放人民戦線の支援を受けて結成した。
当初は「アラブ赤軍派」を名乗っていたが、1974(昭和49)年以降、「日本赤軍」と自称している。
その名は世界の当局に知れ渡る、超が幾つも付く程の過激派だった。しかも、ただの過激派や過激思想家とは社会に響する害悪度の桁が10個は違っていた。
日本赤軍リーダーの重信房子は、逮捕監禁容疑などで国際手配されていた。
2001(平成13)年4月、重信房子の初公判で、重信房子は日本赤軍の解散を宣言した。