現在では近畿、特に京阪神地方のことを指すことが多いが、古語では逢坂の関から西の地方を指す。逢坂は京都の東にあり、ちょうど滋賀と京都の境になる。
百人一首にも「これやこの 行くも帰るも わかれては 知るも知らぬも あふ坂の関」とよまれており、東西の交通の要所として東国と京を結ぶ重要な関所として働いていた。そこを起点に西を関西、東を関東と呼ぶようになったと言われている。