エーリヒ・トップ

読み:エーリヒ・トップ
外語:Erich Topp ドイツ語
品詞:人名,+軍人

1914(大正3)年〜?。最終階級 中佐。最終授与勲章 剣付柏葉騎士鉄十字章

1914(大正3)年7月2日生まれ。1934(昭和9)年にドイツ海軍に入隊。1938(昭和13)年11月2日からU46に将校として乗艦。1940(昭和15)年6月5日にはU57の艦長となり、6月17日の初出撃で早くもスウェーデン商船アトス(2,160t)を撃沈している。その3週後にイギリス商船セイント・ダンスタン(5,860t)を撃沈。同年12月4日からU552艦長に任命され、その後も次々と連合軍商船を沈めていった。また、1941(昭和16)年10月31日には船団を護衛していたアメリカ駆逐艦ルーベン・ジェイムを撃沈しているが、これはUボートに撃沈された最初のアメリカ軍艦である。以降北大西洋、北方運河、ジブラルタル海峡、ニューファンドランド、アメリカ沿岸の各海域で13回にわたる作戦航海を消化し、通算で34隻193,684トンを撃沈しており、その功に対して1941(昭和16)年6月20日騎士鉄十字章、1942(昭和17)年4月11日柏葉騎士鉄十字章(全軍で87番目、海軍で12番目)、1942(昭和17)年8月17日剣付騎士鉄十字章(全軍で17番目)が授与されている。

1942(昭和17)年11月14日からは練習潜水部隊である第27Uボート戦隊の司令官となり、1944(昭和19)年8月7日からはUボート訓練所の所長を勤めるなど後進の育成に当たっていたが、戦局の悪化から前線に復帰し、1945(昭和20)年3月11日からはU3010、4月7日から終戦までU2513の艦長を勤めた。終戦後は1945(昭和20)年8月5日から8月17日までイギリスの捕虜収容所に抑留されていた。戦後は西ドイツ海軍に勤務し、海軍少将にまでなっている。