アメリカの月探査機の打ち上げ実験船。
船内は純粋酸素で満たされていたが、船内の酸素流量が高すぎるという警告音が繰り返し鳴っていた。さらに宇宙船と外部との通信機器が不調だった。そのような状況で実験を継続中に、電線から発生した火花で引火、火災となったのである。しかも宇宙船の設計上の問題で、乗組員は短時間での脱出が不可能だった。
船内のパイロット3人は宇宙服のおかげで焼死は免れたものの、火災から4分後には窒息と一酸化炭素中毒で既に死亡していた。これはアポロ計画において、唯一の爆発事故であった。
事故調査と司令船の再建の間、NASAは全有人打ち上げの延期を決定した。
また当初このミッションはApollo-Saturn 204(AS-204)とコードネームで呼ばれ、「アポロ○号」の名は付かない予定だったが、1967(昭和42)年春、このミッションにアポロ1号という名が与えられ、2号と3号は欠番となり、1967(昭和42)年11月に計画されていたミッションがアポロ4号となった。