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産科

読み:さんか
外語:obstetrics
品詞:名詞
2002/05/14 作成
2006/03/16 更新

診療科の一つで、出産に関する範囲を専門に扱う診療科。

お産は病気ではないが、母子共に命に関わる問題でもあるため、専門に診療科が設定されている。

病院で出産する、と言った場合には、この産科の病棟にて行なうことになる。母乳による育児の援助なども扱う。

また男性不妊が疑われる場合など、不妊治療の一部は泌尿器科と協力して検査をすることもある。

現在、産科を閉鎖する病院が増えている。結果、地方や島嶼の場合、地元で出産することは現在殆どできなくなっている。

日本の周産期死亡率

出産にはリスクが伴う。日本の周産期死亡率は世界最低であるが、それでも一定数の不可避な死亡事例は発生する。

かつて日本でも、母子ともに死亡率は高かった。

我が国では医師の不断の努力によって医療は高度に発展し、出産のリスクも下がり、世界最低の周産期死亡率を実現させた。現在、我が国の出産の成功率はほぼ100%であり、これは世界最高である。つまり、世界で最も安心して出産できるのが日本ということである。

日本の産科医療

しかし、激務と訴訟リスクの高さから、産科医は減り続けている。

医療技術を高めれば国民に喜ばれるかと思ったところ、「死亡率がこんなに低いのに失敗した!」と訴訟を起こされるようになったからである。

世界一の結果

日本国民は、安い保健医療より、高いサプリメントを信頼するようになってしまった。世間では、胎教、助産院万歳、水中分娩、会陰切開反対、などの声がまかり通るのが現状なのである。

日本人は世界最高水準の医療が受けられる事を当然の権利としか思わくなってしまった。権利意識が肥大化しすぎた結果、その自覚すら無くなってしまったのである。また、マスコミ(特にテレビ)の言うことを真に受ける人が増えてしまったのも、理由の一つにあると思われる。

こうして、なり手がない貴重な産科医を訴訟で失った病院は、やむを得ず産科を閉じるしかなくなったのである。

去る医師

100%でない医療など不要だ、と誰かが叫んだ。

100%を保証できない医療など無い方がマシだ、と誰かが同調した。

こう叫べば、どこかから100%の医療が降ってくるとでも思ったのであろうか。

しかし医師は黙って現場を去り、医療はなくなった。

少子化が叫ばれる昨今、少しでも子供を増やさねばならないとされる中、日本では子供を産める産科の病院が壊滅している。半年前から予約しないと出産できない病院もある程である。

それは、世界最高の医療を取り巻く状況が極めて劣悪だからである。

福島県立大野病院問題

2004(平成16)年12月、ある女性は福島県立大野病院で帝王切開手術を受けたが、出血多量で母体が死亡した。これは、

  1. 前置胎盤に癒着胎盤が合併するという希なケースが
  2. 産婦人科医が一人しかいない
  3. 僻地の病院で起こり
  4. 患者は不幸な転帰(病死)をとった

という件である。

前置胎盤

前置胎盤とは、子宮口(膣に繋がる部分)付近に胎盤が出来てしまう病態である。

これはかなり危険で、昔なら母体を守る為に死産が多く、また母子共々亡くなる事も多かった。医療が整った現在でも、極めてリスクの高い出産となる。

加えて本件は癒着胎盤だった。

癒着胎盤

発症率は「8000〜10000分娩に1例」とされており、例えば年に500人取り上げる超激務の産科医を想定しても、20年に一人いるかどうか、という稀な症例である。

事前の診断はほぼ不可能で、産科の中では治療の難度が最も高い事例である。僻地の病院では当然、高次医療施設においても対応は極めて困難な事例である。

ある大病院での実績によると、十分な準備(産科医3名、麻酔科医2名、オペ看多数、血液センターのすぐそば)という考えられる最高の条件での癒着胎盤の救命数(子宮摘出手術)は13例中3例(うち一例は軽度の癒着)とされる。

今回、開腹後に癒着胎盤が発覚し出血が発生した。帝王切開は産科医と外科医立ち会いの元での手術であり、技術的には問題は無かったと考えられるが、大量出血に対応するだけの血液備蓄がなかったのが不幸であった。我が国は輸血用血液が常に不足しており、無駄に廃棄される可能性が高い僻地の病院での血液備蓄を許す余裕がない、という不幸も重なっている。

逮捕、起訴

母体が亡くなったことは残念なことだが、前置胎盤に癒着胎盤という病態で児を救えたことは、評価されるべきである。

この件においては悪人はおらず、患者が運悪く癒着胎盤だったことが不幸だったに過ぎない。この医師が殺人者なのではない。死にそうな人を救おうとしたが、結果として救えなかったのである。医者も神でない以上万能ではなく、また患者も生物である以上いつかは死んでしまうもの。それだけの事だったのである。

しかし、業務上過失致死ならびに医師法違反の容疑で、一年以上後の2006(平成18)年2月に責任医師だった加藤克彦医師が逮捕され、2006(平成18)年3月10日に起訴された。この無謀な検事は、片岡康夫福島地検次席検事だとされている。

客観的にみて、ミスが無いことは明らかである。また、証拠隠滅の可能性も逃亡の可能性も無いことも明らかである。明らかに不当逮捕だった。

従って、本件は医師の刑事罰を想定するような事態ではない。帝王切開したことで子供だけは助かったが、そもそも何もしないで放置すれば母子共に確実に死亡していた。

にもかかわらず医師は逮捕され、起訴されるという、越えてはならない一線を越えてしまったことから、医界には激震が走った。

学会と医会の反応

医師の起訴を受け、社団法人 日本産科婦人科学会の理事長と、社団法人 日本産婦人科医会の会長が即日、連名で声明外部リンクを発表している。

これまでも医師が逮捕され有罪となった例は数あるが、このような声明が出た例は今回が初めてである。

なぜならば、これは「ミス」ではないからであり、医療ミスなどと同列に扱うことは不当であり、献身的に過重な負担に耐えてきた医師個人の責任を追求することを看過することは学会も医会も出来無いからである。

また、全国の医師会(本件の医師とは利害関係がない)が次々と記者会見を開き、そして抗議声明を発表している。

同様に、医師会から全国規模でこのような声明が出た例も、今回が初めてである。

検討課題

本件で今求められるのは、なぜ田舎警察が、何の目的で職務に忠実な医師を不当逮捕したのか、という「意図解析」である。

産科激減

今回のような救いようのない事例で結果が悪かった場合、「判断ミス」を理由に刑事罰が問われるような状況になると、普通に考えて「お産」を診察対象にしようと考える医師らが減るのは当然である。

我が国は、世界で最も安全なお産を提供できる力を持つ国であるが、このように警察当局の不当な介入、医師の不当逮捕がまかり通るようになると、医療側はリスクの高い医療を拒否する消極的医療にならざるを得ない。

こうなると産科医療からの撤退や産科医の減少、そして分娩機関の減少に拍車が掛かることは自明で、周産期医療は崩壊することになる。国民は分娩する場所を失うことになり、現在、本邦の国是となった「少子化対策」に真っ向から反する結果をもたらすことは自明である。

産科の将来

現在、地方の県立病院の産婦人科は全国規模で次々と閉鎖されており、大野病院問題で医師が逮捕にされてから、自主的に産科を畳む病院の勢いが増した。もしこの医師が有罪になるような事になると、いよいよ様子見をしていた全国の病院も産科を畳むことになると見られる。

将来、お産が出来る産科は稀少となり、日本人はせっかく手に入れた、世界最低の周産期死亡率を実現させた医療を放棄して、昔ながらの死亡率の高いお産に逆戻りするか、海外で産まざるを得なくなるだろう。