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皇居

辞書:文化用語の基礎知識 民俗学東洋・神道編 (LFOLKES)
読み:こうきょ
品詞:名詞
2010/02/04 作成

天皇陛下のお住まいのこと。御所、皇城、宮城、皇宮。

現在の皇居は、東京都千代田区千代田一丁目にある。

狭義には、お住まいの建物そのもの(御所)をいうが、広義には、かつての江戸城の城域、つまり内堀に囲まれた土地全体を指す。

江戸城

元々ここは江戸城跡(江戸城の城址)であり、明治元年10月13日(1868年11月26日)午後、明治天皇が入城し、城の名を「東京城」(とうけいじょう)と改めた。

江戸城は明暦の大火で天守閣が焼け落ちたが、町の復興を優先したことから経済的事情により再建されることがなく、その中への入城となった。江戸城跡は現在の皇居東御苑にあたる。

その後明治天皇は京都へ還幸されるが、翌明治2年3月28日(1869年5月9日)正午頃に再び東京城に入城、この日政府は東京城を「皇城」と称する旨、発表した。

入城以降

1888(明治21)年に明治宮殿落成、以降、皇城は「宮城」(きゅうじょう)と称されるようになった。

関東大震災の被害では門などが倒壊、そのまま解体され復旧されなかった。

明治宮殿は木造建築だったため、1945(昭和20)年にアメリカの空襲で焼かれた。この時大手門も消滅。

戦後の1948(昭和23)年7月1日、「宮城」の名を廃し「皇居」と呼ぶようになった。

吹上御所・新宮殿

アメリカに焼かれ焼失した宮殿は、戦後長く再建されなかった。

昭和天皇は、国民が戦災で住む家も無く暮らしもままならぬうちは新しい宮殿を造ることはできない、として国の復興を最優先するよう命じられたことによる。

日本の復興が一段落してから宮殿の再建が始まるが、明治宮殿とは違い、宮殿とお住まい(皇居)を別棟で作ることとなった。

1961(昭和36)年、皇居敷地内の奥まった場所、御文庫に吹上御所が完成した。

新しい宮殿(新宮殿)は、明治宮殿の跡地に再建され1968(昭和43)年11月14日に落成した。宮殿は各国の君主が訪れる場所であり国家の威信に関わるものであるため、最高級の和風建築となっている。

建物自体は現代建築の鉄骨鉄筋コンクリート造だが、内装外装共に木材を多く使っている。

吹上御所は、昭和天皇崩御の後、皇太后(香淳皇后)の住まいとして使われ「吹上大宮御所」と呼ばれるようになった。

新皇居と現状

現在の御所は、吹上御所と宮殿の中間付近に建てられており、今上は1993(平成5)年12月に赤坂御所(現東宮御所)から転居された。

御所と宮殿が別棟なのは今も変わらず、陛下は公務のために御所から宮殿まで通われている。

新宮殿は現存で、皇居前広場より二重橋を渡り皇居正門をくぐると、宮殿で最も長い建物「長和殿」を見ることができる。普段は警備があり立ち入りできないが、天皇誕生日と毎年1月2日の一般参賀の日には、臣民も長和殿の南庭に入ることができ、天皇陛下のお出ましを見ることが出来る。

天皇陛下はじめ皇族方は、長和殿中央のベランダに立たれ国民の参賀に応えるが、このベランダは普段はなく、一般参賀の時に取り付けられるものである。

地権

皇居は国有地ではなく、皇室財産であり、天皇陛下の私有地である。

昭和天皇が崩御され今上に相続された際には、相続税を日本国に対し支払っている。

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