島根県にある島の一つで、国境の島の一つ。いわゆる竹島問題の中心となる島。
現在は、南鮮により不法に武装占拠されており、容易には近付くことができない。
不用意に近付けば朝鮮人に発砲され、射殺されるだろう。
東島(朝鮮名は女島)と西島(朝鮮名は男島)の二つの主島と多数の岩礁からなる。
竹島は1905(明治38)年に閣議で日本領である事を再確認し、島根県知事により同年2月22日に公示された島根県告示第40号により、竹島は島根県に編入された。実際にはそれ以前より領有を続けていた。
現在、島根県の条例、竹島の日を定める条例により2月22日は竹島の日という記念日になっている。
なお、現在も竹島は日本国の国有地である。
政治的な事項については竹島問題に詳細を記述する。
この島は、古くから日本では「竹島松島之図」などで島の詳細が描かれていて、古くは「松島」の名で知られていた。
対する南鮮では15〜16世紀頃の古文献に「于山島」又は「三峰島」という名で竹島の記述があるため南鮮領だと主張しているが、それが竹島(独島)であることを実証できる積極的根拠がない。
南鮮は20世紀に入るまで正確かつ詳細な竹島の地図を持たなかったのが真実で、これは島を実効支配していた日本と、支配経験が全く無い南鮮との違いを表わしている。
現在南鮮が資料を元に唱える独島(竹島)は、実は鬱陵島(ウルルン=南鮮領)と考えられる。
江戸時代、李氏朝鮮の政策でウルルン島は無人島だった。その島に日本人が移り住み、日本人は現在の鬱陵島に竹島と命名した。
しかし、日本人はそのうち朝鮮人にむりやり追い出されてしまう。その日本人は相当悔しかったらしく、竹島に向かう途中の日本固有の領土である松島を竹島と改名し、朝鮮に余計な誤解を与える種をまいてしまったのである。
そして現在、南鮮は鬱陵島(旧竹島)と今の竹島(旧松島)を勘違い(?)して占領してしまったのであった。
日本国政府は1954(昭和29)年、紛争の平和的解決のために国際司法裁判所への提訴を提案する。
もし南鮮側に正当な自国領土という自信があるなら国際司法裁判所で決着を付けるべきだが、南鮮政府が集めた資料でさえデタラメという現状から、国際法廷の場から未だに逃げ続けている。
2006(平成18)年4月18日には遂に国連に、国際裁判所に持ち込まれることを防ぐための宣言書を提出したことが20日になり明らかとなっている。
つまり、逃げたわけである。